前回の記事では,2020年8月4日に起きた
「コロナウイルス予防にイソジンうがいを!」緊急記者会見事件
について取り扱いました。
やはり統計リテラシーをテーマの1つに掲げているはずの当ブログとしては,このネタを扱わないわけにはいかないと思いましたので…今更ながら『吉村知事の会見に始まった“コロナうがい薬論争“』について取り上げさせて頂きます。ほとぼりが[…]
正しくエビデンスを解釈するにはどうしたらいいのか?
ということについて,自分なりの考えを整理してお伝えできたのではないかと思っています。
要するに前回記事の要旨は,
- ファクトとオピニオンを分離すること
- エビデンスレベルと,研究の Limitation を理解すること
この2つが重要ですよ,ということに尽きます。
今回は前回の続き,というよりは appendix 的な感じで,
「8月22日に吉村知事がTwitterで紹介していた論文」
について取り上げてみたいと思います。
一応,いきなり結論を言ってしまいますと
試験管内実験では,SARS-Cov-2 は,ポビドンヨードやリステリン®︎,塩化デカリニウムに感受性があることが示された
と,それだけの論文です。
以下では論文の内容を吟味してみると共に,
「この tweet に対する正しい反応の仕方ってなんだろう?」
ということについても少し考えてみます。
そもそも吉村知事が論文を紹介した意図は?
遡ること 8月22日,,吉村知事のツイートが話題を読んでいました。
▲これです。
ここで知事が紹介されている論文は
と題するもので,in-vitro(つまり試験管内)の実験です。
なお確認できた限りでは,その前後にこの論文について知事がコメントをされたりはしていないようです。
ただ ぽん、と論文のデータを貼り付けられただけですので,その真なる意図は誰にもわかりません。
- 海外でも研究があるんだよ,「うがい薬はやっぱり効果があるんだよ」と伝える意図
- 大阪の例の研究を「支持する」権威ある海外研究があるんだよ,と伝える意図
- 大阪の例の研究はこうした in-vitro の結果がある中でヒトでの再現性を確かめるために組まれた第一歩目の研究だったんだよ,と伝える意図(=はびきの研究の「背景論文の1つ」を公開する意図)
Tweetを見ただけでは,いずれの意図ともわかりません。
いずれの意図でもないかもしれません(そもそも上記は筆者の勝手な憶測です。すみません)。
いずれにせよ,ここで注意すべき点は,
この論文は in-vitro,つまり試験管内の実験である ということです。
ヒトを対象にした実験ではありません。
つまり,この研究は,大阪の「イソジンうがいで新型コロナウイルスの唾液 PCR 陽性率が減ったよ研究」よりもエビデンスレベルとしては前段階にあたる研究です。
ですから上記の中ですと, ③の意図での発信であれば「統計リテラシーがある考え方」ということになるのですが,もし ① や ② の意図での発信とすると「外的妥当性を考慮しない危険な考え方」ということになってしまいます。
② は一見良さそうにも見えるのですが,実際には「頭の中でエビデンスレベルの逆転現象が起きてしまっている可能性」があり,ちょっと危険です。
むしろ in-vitro で効果が出てるのは当たり前で, in-vitro ですら効果が出ないのであれば,はびきの医療センターの研究自体が組まれることもなかったことでしょう。
当たり前であるはずの論拠を持って「支持する」というのは,順序が捻れてしまっています。
ポビドンヨード液の新型コロナウイルスへの効果が「試験管内ですら示せなかった」のであれば,リアルワールドでの検証を行うに至るまでもありません。そこで挫けるようなテーマであれば次の STEP に行くことすらないのです。
in vitro のデータは,「リアルワールドで効果があること」を示してくれる根拠にはなりません。
むしろ vitro や動物実験で劇的な効果があっても,ヒトでは全然うまくいかない,なんて研究は死ぬほどザラにあります。ザラ・アンド・ザラです。
in vitro で “それらしいデータ” はあって当然で,むしろそこがヒトを対象とした研究の発端になるのです。
ですから, ② の意図でこの論文を紹介されても,「え,そりゃあまあ,そういうデータはありますよね。そうでなければ今回の研究自体やってませんよね……」となってしまうわけです。
にも関わらず,知事がこの論文をあえて「後になってから」紹介された,ということは,
よほどゴチャゴチャ言ってくる人が多すぎて,「だから,in-vitroまではデータあるんですって!ヒトでの研究はここからなんですって!」という強調の意図 (③の意図)があるのかもしれません。
なお,この知事の投稿した tweet を受けて
やっぱり知事は正しかったんだ!!
やっぱりうがいは効くんだ!!!
という方向に猪突猛進している意見も散見されましたが…
誤解に誤解が重なり続けた結果,ねじれにねじれて,もうムチャクチャです。
一回ほどくのを諦めかけるイヤホンコードくらいにはこじれています。
そこには二重,三重の誤解があります。
吉村知事が論文を紹介するまでの流れ
くどい様ですが,ここでもう一度,しっかりと順番を整理してみます。
- そもそも,試験管レベルの実験でポビドンヨード液が新型コロナウイルスに対して一定程度の効果があることは,以前から示されていた(➡︎ だからはびきの医療センターの研究が設計された,という順番)
- しかし「はびきの観察研究」は質が低く,「結局リアルワールドで有効なのかどうかは何も言えない」データしか出せていない。
- にも関わらず,endpoint のすり替えが行われた上で,あたかも「リアルワールドでも効果があった」かの様な誤解を与えかねない記者会見が開かれた。その中ではファクトとオピニオンがごちゃ混ぜになっており,世間の混乱を招いた(前回の記事で詳述)
- そこに専門家からの批判が相次いだ(この時点では研究手法の不十分さなどを指摘する建設的批判も多かったはず)
- マスメディアが多数そこに乗っかった
- 実際あの研究のどこに Limitation があり,あの会見の何が問題だったのか よくわかっていない人も,こぞって批判し始めた(テレビのワイドショーやコメンテーターを含む)
- 徐々に建設的な批判をする人は少数派となり「批判のための批判」をする人ばかりが増えた
- あげく「うがいなんて効くはずがない」という飛躍した論理が飛び交い始めた(※実際には「効かない」というエビデンスもない。むしろ世界ではどんどんRCTが組まれてこれから有効性の有無が検証されようとしている)
- その様な飛躍した論理を受けて痺れを切らされたためか?,「いやだから違うんだよ,ちゃんと in-vitro まではデータがあるから,大阪で臨床研究をやろうとしたんだよ。結論はまだこれからなんだよ!」という『確認』『念押し』をする意図で,知事が上記の tweet をした(筆者の完全なる憶測 & 好意的解釈)
- 科学リテラシーが十分身についていない市民
「やっぱり知事は正しかったんだ!!」
「イソジンでうがいすればコロナは防げるんだ!!」
↑違う。全然違う。全部違う。
と,いう様なイメージです。
誤解に誤解が重なって,大変に捻れてしまっています。
※後半はほとんど勝手な憶測です。
※ただし憶測なりに,府知事に対しては好意的解釈をしています。
- なお,もし府知事が先述した ① や ② の意図で tweet されていたのであれば,結局知事も上記の [10.] の反応をしている市民とだいたい同じ理解度ということになってしまいますので,これはこれで問題です。
- 実際,① や ② の意図で tweet したに違いない!と決め付けて批判する意見も散見されますが,その様な決め付けも建設的ではないでしょう(例の記者会見に問題があった手前,そうした決め付けが起きてしまう状況にも理解はできますが)。
- 実際にはやはり ③ の意図があったのでは?と思いたいです。 が,もしそうであったのなら,やはりもう少し市民にわかりやすく解説を添えていただく必要があったとは思います。 誤解を招くので。
いずれにせよ,ある程度の科学的素養がある人でなければ,知事が紹介された論文を正しく読んで理解するのは難しいでしょうし,下手すると
- 「知事がそれっぽい論文をツイートした」
- 「Abstractにはそれっぽいこと書いてある」
ということだけを判断材料に
やっぱりイソジンうがいは効果があるんだ!!!!!
となる人が続出しかねません。
というか,Twitter 上の反応を見ていると実際に続出していそうな感じがします。
これはある意味,仕方のないことかもしれません。
しかし前後にきちんと補足説明があれば,その様な傾向はセーブできたものと思います。その意味で,やはりもう少し補足をしてツイートをして頂きたかったところです。
むしろどうせ紹介するのであれば,この論文の中で紹介されている,「今後動き始める予定の 2本の RCT」にフォーカスを当てて欲しかったですね。
「今,海外ではこんなRCTが走ろうとしています!大阪でもRCT組みたいです!!」
という様な方向性で。
世間も,メディアも,もっと「前向き」の話をしてくれたら良いのにと思います。
研究手法に関しても,今回の記者会見をめぐる事件に関しても。
この記事には案内役としてネコが登場します。この記事では 「RCT の定義」「RCTであるための要件」 について掘り下げて解説しています(▼)。RCTの満たすべき条件ランダム化されている比較対照(control群)がある[…]
論文の中身は?
さて前口上はこの辺りにして,本題に入ります。
実際に,知事の紹介した論文を読んでみたいと思います。
論文は J infect Dis. に 2020年7月29日にオンライン掲載されたものです。
現在,Pubmedで全文フリーで読むことが可能です。
扱いとしては, brief report となっています。
世界の協力体制ですね。素晴らしいと思います。
論文のアブストラクト(要約)
- 現在 SARS-CoV-2 のパンデミックは,世界の健康に対する甚大な脅威となっているよ。
- 最近の研究では,初期のCOVID-19感染症において,喉や唾液腺がウイルス複製や感染の主要な温床となることが示唆されているよ。
- だから経口消毒薬の適用も推奨されているよ。
- でも,SARS-CoV-2 に対する口腔洗浄液の抗ウイルス効果は,まだきちんと検討されていないよ。
- 今回の実験では,上咽頭分泌物を模倣する様な条件下で,SARS-CoV-2 に対するさまざまな利用可能な口腔内洗浄液(口腔リンス)の抗ウイルス活性を評価してみたよ。
- 結果,in vitro で有意な SARS-CoV-2 不活性化特性を持つ,いくつかの製剤がわかったよ。
- 今回の研究は「口腔内洗浄により唾液のウイルス量が減少して,SARS-CoV-2 の伝播が低下する可能性がある」という考えを支持する結果になったよ。
要旨はこんな具合でした。
Abstract にも in-vitro であることの「お断り」はしっかりとついていますね。
では実際にどんな実験手法で「抗ウイルス活性」を評価したのでしょうか?
どんどん読んでいきましょう。
論文の研究手法
ざっくり言うと,こんな実験でした(とってもざっくり抜粋しています)。
- 紆余曲折を経て(割愛😄)単離された 新型コロナウイルス株を 3 種類用意(strain1, strain2, strain3)
- それぞれのウイルス株を,30秒間,
- 【X】市販の口腔内洗浄液の中に入れて培養するか,
- 【Y】普通の培地に入れて培養する(control)。
- このとき市販の口腔内洗浄液として用いられた製品は8種類。
主成分はそれぞれ- A: 過酸化水素(オキシドール)
- B: グルコン酸クロルヘキシジン
- C: 塩化デカリニウム(SPトローチ®︎の主成分と同じ)
- D: グルコン酸クロルヘキシジン(Bと同じ。製品名が違う)
- E: ポピドンヨード(くだんのイソジン®︎うがい薬)
- F: エタノール+エッセンシャルオイル(リステリン®︎)
- G: オクテニジン二塩酸塩(欧州で皮膚消毒液として用いられる)
- H:ポリヘキサメチレンビグアナイド(コンタクト洗浄液の主成分)
- 普通の培地の群と,口腔内洗浄液群には,いずれにも気道分泌物を真似た干渉物質が加えられた上で,30秒の培養(曝露)を行なった。
- その処置を終えた後,それぞれのウイルス液で,ウイルス価(検体中のウイルスが細胞に感染出来るような最低濃度)を比較。細胞毒性の効果は,別に培養された非感染細胞にそのウイルス液をぶち込むことで評価した。
- 評価項目は 50% tissue culture infectious dose (=TCID50/mL) 。
- 上記の手順を A〜H × ウイルス株3種類 それぞれのパターンにつき3回ずつ施行して,データの平均値と標準偏差 SD をグラフに示した(Figure1)
TCID50 とは?
小型試験管が何本も連なったシート状のものに,非感染細胞をそれぞれ培養しておき,そこにウイルス液を順番に希釈して接種していきます(2倍希釈,4倍希釈,8倍希釈,16倍希釈…)。この時,このシートのちょうど半分の試験管の細胞が感染するウイルス液濃度のことを TCID50 と呼びます。今回は【X】ないし【Y】の処置を受けたウイルス液それぞれについて,この TCID50 を調べて比較する,という手法を取っています。
ちょうど上の写真の様なイメージです。
とりあえずこの試験を見てまず思ったのは,
「水道水が入ってない‥」「水道水も比較してくださいヨォ・・」
ということでした。
アメリカではあまり水道水でうがいをする,という発想はないのでしょうか。
まあ,アメリカと日本の水道水は若干中身が違うので単純比較できませんし,いいんですけどね……
個人的にはやはり,水道水でやっていたらどういうデータが得られたのか,気になってしまうところではあります。
まあデータが無いものは仕方ないですから,割り切って早速結果を見ていきましょう!
論文の「Result」
- 30秒の曝露時間後,培地コントロール群(口腔内洗浄液と混ぜなかった方)は,いずれもウイルスの感染性を低下させなかった。これは,鼻腔分泌物を模倣するために使用した干渉物質(口腔内洗浄液群にも Control 群にも混ぜた物質)がウイルスの安定性を変化させなかったことを示唆している。
- 一方,SARS-CoV-2株(株1〜3)は,いずれもさまざまな口腔洗浄液の影響に対して非常に感受性があった。
- 製品 C(塩化デカリニウム),製品 E(ポビドンヨード),製品 F(エタノール+エッセンシャルオイル;リステリン®︎)は,特にウイルスの感染性を 103 の桁のレベルで大幅に低減した(図1・表1)。
- 他の製品でも,100.3 から 101.78 の範囲ので,抗ウイルス活性が観察された。
- ポリヘキサメチレンビグアナイドをベースとする製品Hの場合,1株は中程度にしか抗ウイルス活性が示されなかったが,他の2株は不活化された。
- 要するに,今回の実験から,「SARS-CoV-2は 30秒という短い曝露時間でも市販の口腔内洗浄液によって効率的に不活性化できる」というエビデンスを提供できる。
ざっくり和訳は上記ですが,実際のデータを見ていかないと,なかなかイメージが湧かないと思います。
というわけで実際のデータを見てみましょう。

“Virucidal Efficacy of Different Oral Rinses Against Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2”
- このテーブルは,要するに今回検証したあらゆる口腔内洗浄液が,どの程度ウイルスの感染力を減じるかという「メインの結果」の表です。
- 表にある Trade name は商品名のことで,Active Compound は,その商品の中の主な効用成分を示しています。
例えば商品 E の主成分はポビドンヨードですが,日本で売られている「イソジンうがい液」と全く同じモノかはわかりません。一方,商品 F(リステリンクールミント®︎)は,何となく日本で売られているものと同じな感じがしますね。 - 表の Log Reduction というのは,ウイルスの感染力(として今回指標にしたTCID50)が,log -つまり対数評価で- どの程度減ったか?という数字です。
対数ですから,実際には 10の「何乗」,という値になっています。
例えば商品 E のポビドンヨードの「strain1」をみると「3.11以上」という結果になっていますが,103.11 以上減らした,ということですね。
これは結構な数字だとは思います(何度も言いますが,vitroのデータですよ)。
この結果を,視覚的にわかりやすくまとめたのが,Figure 1です。

“Virucidal Efficacy of Different Oral Rinses Against Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2”
- これらの結果を見ると,どの口腔内洗浄液も,それなりに TCID50 を減らしてはいる様です。
- いずれもの組み合わせも 3 回ずつしか検証されていないので,結構ばらつきがあるのが気になりますが…(上図のエラーバーは SD です)
- しかし塩化デカリニウム(C),ポビドンヨード(E),エタノール(F)に関しては十分にその減少効果が大きいため,明らかに TCID50 を減少させている様に見えます(統計学的な検定は行われていないようです)。
- この様にエタノールを主成分とした口腔洗浄液(リステリン®︎)でも一定の効果がありそうなことを見ると,アルコール手指消毒が有用という現在既知の知見とも一致する結果と思います。
- ただ何度も言いますが,これらはあくまで「唾液中に出ているであろうウイルスの TCID50 がすごく減った」という in-vitro の実験結果にすぎません。
- COVID-19は,主に肺を首座とした(全身)感染症です。
- COVID-19罹患者の唾液中のウイルスを,口腔洗浄液で一時的に減らすことができたとしても「5分後にはまた唾液の中はウイルスだらけ」ということはあり得ます。
- In-vitroから飛躍して結論を求めるのは危険です。
- むしろこの結果を悪用して,「(偽)陰性」を勝ち取るために検査前に死ぬほど強迫的にうがいをする患者が現れないかが若干心配になりました。この日本でそこまでのモラルハザードは起きないと信じたいですが……
なお,リステリン®︎などの口腔内洗浄液の常用はあまりリスクもないので,日頃の習慣として取り入れても問題はないでしょうし,この実験結果を見て生活の中でうがいをどの程度取り入れるかは個人の自由です。
ただしポビドンヨード液(イソジンうがい液®︎など)は強迫的に使用すると甲状腺に悪影響をきたしうるため,使用量には注意が必要です。妊産婦もです。
いずれも試験管内では一定の効果を示すことができていますが,実臨床でどの程度の効果が期待されるのかは,結論が出ていない(R2年9月20日時点)ということを再度強調しておきます。
この研究の Discussion
- SARS-CoV-2の主な伝播経路は,くしゃみ,咳,会話中に発生するエアロゾル,感染者の飛沫との直接接触,およびその後の鼻・口腔または眼の粘膜への接触を含むと疑われているよ。
- SARS-CoV-2は最初,感染した個体の上気道(口腔〜咽頭)にコロニーを形成するよ。
- 口腔内のウイルス量が多いと,感染しうるウイルスが豊富となるから,それが感染成立のためのきっかけとなるよ。
- 「喉がウイルス複製の主要な部位として機能すること」が感染初期段階(症状の発症前であっても)と想定すると,経口消毒をすることで感染性エアロゾル化ウイルス粒子の数が減少して,感染リスクが低下する可能性があるよ。
- SARS-CoV-2 類似ウイルス(例えば,SARS および MERS コロナウイルスや,インフルエンザウイルスH5N1)に関する実験や臨床研究では,グルコン酸クロルヘキシジン,ポリビニルピロリドンヨード,二酸化塩素,塩化セチルピリジニウム,および過酸化水素は実際にウイルス量を減らせることが,過去の実験で知られているよ。
- そして今回,研究チームは,呼吸器分泌物を模倣する生物学的に関連する条件下で,市販の口腔リンスで異なるSARS-CoV-2株(3種類)を効率的に不活性化できることを発見したよ。
- 特に 3 つの製剤(C,E,F)は、ウイルスの感染力を検出不可能なレベルまで大幅に低下させることがわかったよ。
- 本研究と一致して,リステリン®︎(製品F)を使用したさまざまな他の研究でも,エンベロープウイルスに対する抗ウイルス活性が観察されて,ウイルス脂質エンベロープへの影響が示唆されているよ。
- ただし経口液剤の生体内効果(in-vivo effects)は,臨床試験でさらに深く分析する必要があるよ。
- 実はすでに COVID-19 確定患者のウイルス量を減らすことを目的とした最初の臨床試験が 2 つ登録されている よ。
- 1つは,COVID-19 が確認された 120 人のSARS-CoV-2 ウイルス価を減らすことをアウトカムに,3つの消毒マウスウォッシュを control(蒸留水)と比較することを目的とした試験だよ。[AMPoL trial; NCT]
- もう1つの研究は,COVID-19の患者の口腔内ウイルス負荷を軽減するためのさまざまなうがい薬の可能性を判断する別の盲検無作為化対照パイロット試験だよ。 [GARGLES trial; NCT]
- 今回の研究結果は,患者や医療従事者の口腔内除染と口腔内の健康維持を体系的に行っていけば,ウイルス感染を予防できる可能性があることを支持しているよ。
という論旨でした。
「まあ,そうでしょうね」という様な内容になっています。
特に大きな論理的飛躍もない,無難な discussion ですね。
- 「生体内効果(in-vivo effects)はこれから調べていかなきゃならないよ」 という部分がやはり重要な記載です。
- in-vitro(試験管内)の研究結果が in-vivo(生体内)の世界に対して極めて外的妥当性が低いことは自明なので,Discussion でいちいちその辺の「お断り」は記載されていません(まさか科学リテラシーが十分に身についていない一般の方向けに twitter で拡散されるとまでは思ってなかったでしょうからね…)。
- むしろ結構大事な情報だなと思ったのは,すでにうがい液の効果を調べるための RCT がすでに2つ登録されている,という部分です。
- 9月20日現在,実際にNCTで調べてみると,さらに増えています。現在では世界各国で15個くらいの RCT がすでに recruitingを始めている様です。
- 日本の「はびきの医療センター」の研究も,きちんと RCT のデザインを組んで,十分なサンプルサイズで検討すれば,世界に先駆けて発表が出来たかもしれないものを……「微妙な観察研究で,悪目立ちする記者会見をして,メディアを騒がせただけで終わってしまった」というのは,本当に悲しい気持ちになります。
- ただ,まだ間に合います。NCTで検索してヒットする RCT はいずれもサンプルサイズが少ない上に複数アームだったりして,アウトカムも「ウイルス価」などパッとしない設計ばかりです。重症化予防効果が本当にあるのか?ないのか?というガチンコの Endpoint で大規模なものはパッと見ありません。だからこそ今からでも遅くない,大阪で大規模 RCT を組んで,白黒ハッキリさせて欲しいですね。
- 別に効果が出なくても良いんですよ。他にそんな RCT がまだ組まれてないんですから,世界最速の大規模な「重症化をきちんとアウトカムにしたRCT」というだけでめちゃくちゃ価値があるんです。もちろん重症化ではなくて「院内感染率」などをアウトカムにした設計でも良いとは思いますが,とにかく「ウイルス価」などという実臨床に直接影響あるんだかないんだか分からないものをアウトカムにせず,ガチの設計で勝負する RCT を組めば,まだ勝ち目はあります。
- 府知事も矢庭に in-vitro の論文の URL を貼りつけるのではなく,この部分を取り上げて頂きたかったですね。そしてそこを引き合いにして「大阪でも早いとこガツンと大規模 RCT を組みます!」くらい言って頂きたかったです(さすがに求めすぎでしょうか)。
この研究の Limitation は?
先述の通り,まあ vitro の研究ですので,いちいちこの本文中に Limitation の明記はされていません。
Vitro のデータでは「実際の生体内でどの程度再現性があるのか」全く言えない,ということは研究者の世界では自明・オブ・自明だからです。
ですがそれが自明であることにピンとくるのは,この領域に近しい人たちだけかもしれません。
そうではない領域の方も,吉村知事の twitter を経由して数多くこの文献にたどり着いたことでしょう。
そうした方々のうち,ごく少数が当サイトのこの記事に辿り着いていただけるかもしれません。
その時のことを考えて,この記事ではそのあたりの内容も少し掘り下げておきます。
今回の Limitaion について,筆者の思いついたものを列記しておきたいと思います。
エビデンスってなんだろう?
という大切な問いを考える上で,一つの参考にしていただければ幸いです。
- クドい様ですが,今回示されたことは,コロナウイルスが in-vitro ではリステリン®︎やポビドンヨード液といった種々の液体に対する感受性があった,ということです。それだけです。これは必ずしもヒトの生体内での活性を示すものではありません。
- ただ,内服薬ではなく「うがい液」ですので,体の中に取り込むわけではないですから,bioavailability の議論(実際どの程度が生体内に行き渡って効果を発揮するか,という議論)は不要です。実際に「喉の奥を30秒くらいうがい液でひたひたにすれば」今回の実験結果に近い状況は再現できるものと思われます。
- しかしその様な(咽頭 = 喉の奥の壁のところ = をうがい液で 30秒間 ひたひたにする様な)うがいをしている人が実際どのくらいいるのか?そんなうがいは現実に可能なのか?いわゆる「ガラガラペッ式」のうがいで同等の効果が得られるのか?という問題は当然ついてまわります。
- 「感染の非常に初期の段階」では,ノドの奥や口の中にしかウイルスがおらず,そこでうがいをして吐き出せば感染成立しないのでは?という仮説に則った言説も紹介されていますが,実際どの程度の予防効果なのかは全くわかりません。すでに感染が成立した後にガラガラペッとしても,洗面所で飛沫を飛び散らかすだけになるかもしれません。
- また仮に「うがい液によって唾液中からウイルスが検出されなくなる」ということが実際のヒト生体内でも再現されたとして,「その効果はいつまで続くのか?」という問題もあります。
- COVID-19は肺を首座とした全身のウイルス感染症です。仮に一時的にうがいで口腔内のウイルスが減っても,ゲホゲホッと一回咳をすれば,うがい液の届かなかった下気道からウイルスが上がってきたりして,5分後にはまた唾液の中がウイルスだらけ,ということは想像しうる状況です。
- また,そもそも上咽頭(鼻から突っ込んでいった先の突き当たりのノドの壁)に至っては,通常のうがいではカバーできません。
要するに,今回の結果をもってして
「感染予防に有効!」とか
「重症化予防に有効!」とか
「仮にキャリアとなっても発症リスクを下げられる!」だとか,
そういうことは 何一つ言えません。 ということです。
In-vitro の結果,とはそういうことです。
それがこの業界では常識なのです。
おい,聞いたか!この前,●●って結果が出たらしいぞ!!
え?まじ?!まじで!
ま,vitroの結果なんだけど(ニヤリ
ンなんだよ! vitro かよ!最初に言えよ!!
そんなテンションです。
生体内で実際に扱ってみてどの様になるかは,検証してみなければわかりません(そしてもちろんその検証は,RCTで行うべきです)。
繰り返しになりますが,in-vitro で期待されたけれど実際に臨床応用してみたら「てんでダメでした」なんて研究は掃いて捨てるほどあります。
問題はこの先,どうやって生体内での効果を示していくか?ということです。
いきなり RCT でもよかったのかもしれませんが,はびきの医療センターは,一旦エビデンスレベルの低い「観察研究」をパイロットテスト的に行ったのでした。
そしてその結果を色々と問題のある形で記者会見で報じてしまった結果,世間の混乱と紛糾を招きました(前回記事で詳説)。
本当は次の step (おそらく RCT など)につなげようとしていたのだと思いますが……今回の件でご破談になっていないか非常に心配なところです。
やはり統計リテラシーをテーマの1つに掲げているはずの当ブログとしては,このネタを扱わないわけにはいかないと思いましたので…今更ながら『吉村知事の会見に始まった“コロナうがい薬論争“』について取り上げさせて頂きます。ほとぼりが[…]
まとめ
というわけで,今回の内容のまとめです。
- 8月22日に吉村府知事が Twitter で紹介していた論文を解説
- 8種類の口腔内洗浄液 × 3種類の新型コロナウイルス株で感染価の低下度合いを比較した in-vitro の実験論文。
- エタノール,塩化デカリニウム,ポビドンヨードはいずれもその減少効果が大きく目立ったが,他の口腔内洗浄液も一定の効果を示した。
- 試験管内実験に過ぎないため,実際の生体内でどの程度の効果を示せるのかは不明。
- 世界では,そうした効果を検証するための RCT が既に複数デザインされており,実際に症例集めが始まっている
- 日本では,・・・?
今更取り上げてもすでに注目度が下がってしまっている様な気はしますが,ここまで読んで頂けた方にとってエビデンスを考える機会として頂けていたら幸いです。
ひとまず論文の解説は以上で終わります。
以降はオマケで,「じゃあ今後どんな RCT を組んだらいいんだろう?」ということについて考えてみましたので,興味のある方は次ページにも目を通していただけますと幸いです。
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