吉村知事紹介の「うがい論文」を真面目に解説してみる

閑話:うがい薬の研究でRCTを組むとどうなるか?

さて,ここからは完全に余談です。
おまけです。

論文の解説は上記で終了ですので,ここから先は興味のある方だけお読みいただければ幸いです。

今回の記事で十分おわかり頂けたものと思われますが,要するにゴチャゴチャ in-vitro の実験レポートなんて読んでいても「実際にヒトで効果があるか」については何も言えないわけで,現場に還元できることなんてほとんどない訳です。

ですから何度も言っている様に,
「じゃあ RCT 組んで白黒はっきりさせたらいいじゃん!」
と,いうのが自然な発想になります。

合わせて読みたい

この記事には案内役としてネコが登場します。この記事では 「RCT の定義」「RCTであるための要件」 について掘り下げて解説しています(▼)。RCTの満たすべき条件ランダム化されている比較対照(control群)がある[…]

臨床現場に1つの答えやヒントを与えてくれるのは,やはりエビデンスの王様,RCTです。
うがい薬の効果を本当に示したいなら,RCTを組むしかないんです。

ですから以下では実際に「RCTを組むならどう組むか?」について考えてみたいと思います。

前提条件として,うがい薬それ自体がウイルスの増殖を抑える効果はin-vitro(試験管内の実験レベル)では十分示されていることにします。

その上で私たちは,「実際のヒトを対象にした上でも」つまり in-vivo でも COVID-19 に対してうがいが「効果的である」ことを示したい。

そんな RCT を考えてみる,以下はそんな思考実験です。

PICO を考えてみる

うがい薬のRCTを組もうと思った時,どんな設計を考えたら良いでしょうか。

RCTの設計の上で重要な骨格とされているのが,いわゆる PICO です。

PICO とは

  • Patient :対象患者
  • Intervention :介入
  • Control :比較対照
  • Outcome :何を「効果;アウトカム」として比較を行うか

の頭文字をとったものです。

うがい薬の効果を示したい,そんな RCT を組みたい,となった時,その時点で明白に決まっているのは「Intervention(介入)=うがい薬でうがいをする」というだけなのです。

残りのP,C,Oについてよく考えて設計する必要があります。

つまり,誰を対象(Patient)にして,何を比較対照とし(Control),どんな「効果」を示すのか(Endpoint/Outcome)を考える必要があります。

順に考えてみましょう。

まず,最も重要と言える「示したいこと」ーーつまり「アウトカム」から設定します。

アウトカム(Outcome;Endpoint)を決める

そもそも「うがいによる」【効果】として,何を示したいか?

  • COVID-19 の市中感染率が減ることなのか?
  • COVID-19 の院内感染率が減ることなのか?
  • COVID-19 感染者の,PCR陰性化までの期間短縮なのか?
  • COVID-19 感染者の,有症状期間の短縮なのか?
  • COVID-19 感染者の,重症化率の低下なのか?
  • COVID-19 感染者の,死亡率の低下なのか?

この outcome (endpoint) の設定によって,組まれる trial の中身も,その trial で示せる内容も,ガラリと変わっていきます。

感染者の重症化予防や症状期間の短縮に対して「うがい」は効果があるのか?ということを調べるのであれば,対象者(Patient)は COVID-19 患者になります。

一方,市中感染を減らせるか?を調べるためには,健康な市民が対象者となります。

ここでの outcome の設定に合致した patient(対象者)を選んでいく必要があるわけです。

─ ads ─

対象者(今回の場合「うがいをする人」)は誰か

  1. うがいをするのは COVID-19患者
  2. うがいをするのは非感染者

先述のごとく,アウトカムを「重症化予防(ICU入室率や死亡率の低減)」や「早期回復(退院日までの日数の短縮など)」とするのであれば,前者を対象にする必要があります。

アウトカムを「発症予防効果(一定期間内追跡しての発症率の比較)」とするのであれば,後者を対象とする形になります。

ただし,日本での市中感染率は自治体にもよりますがまだまだ高くはないので,「市中の一般の人たちにうがい習慣をしてもらって,COVID-19の感染率が下がるか」という検証は,実験的にはかなり難しいと思います(莫大なサンプルサイズが必要になります)。

そのため「非感染者」を対象にした設計で trial を組む場合は,新型コロナウイルスへ曝露するリスクの高い人たちーーつまりコロナ病棟の医療スタッフーーを対象にする,といったことが考えられます。

ただし適切な 感染防御策を講じられた環境であれば,無防備にウイルスに曝露するリスクは低いため,かえって感染率が低い可能性もあり,検証のためにはこちらもかなりのサンプルサイズが要求されます。

そのため結局,「感染が確定している人」を対象とした trial を組むことの方が容易であることでしょう。

何と比較するか?(Control)

これも非常に重要です。

「Control群」に何を据えるのか。
これによって,示すことのできる内容も大きく変わってきます。

  1. 「イソジン液でうがいをする」と「うがいをしない」の比較
  2. 「イソジン液でうがいをする」と「水道水でうがいをする」の比較
  3. 「イソジン液でうがいをする」と「イソジン液と全く同じ味になるように作られたプラセボでうがいをする」の比較

実は,「うがい薬そのもの」つまり「イソジン液」の有用性を示したいのであれば,原則的には ② か ③ の手法での検証が必要になります。

① のような設計では,実際に何かしらの効果が示た場合に,単に(水道水でもいいから)”うがいをする”だけでも効果があるのか,”イソジンでうがいをしたからこそ”この差がついたのか,分からなくなってしまうからです。

水うがいでいいなら水うがいの方が安価ですし,副作用もありませんから,control には「水うがい」を据えることには一定の意義があると考えられます。

また,① の「うがいをする」と「うがいをしない」では介入に明白な差がありすぎるため,プラセボ効果ホーソン効果を起こしてしまう可能性が高く,この点でも②か③の方法が望ましいと考えられます。

【補足】

  • プラセボ効果治療を受けていると思っている患者の方が,思っていない患者と比べて状態が良くなる現象のこと。臨床試験の潜在的バイアスとして有名。薬物療法においては,このバイアス をなくすため,偽薬 placebo を用いて,真の薬剤の効果以外の影響が同等になるよう工夫する必要がある。偽薬とバレては意味がないので,プラセボは剤形などのパッケージのみならず味までもそっくりにすることが求められる。
  • ホーソン効果ヒトは何かをする際,誰にも見られていないとサボったり手を抜いたりするが,誰かに見られていると「頑張る」性質がある。「観察されている」という意識が緊張感を与え,より作業に集中させる。こうした結果,実験環境ではリアルワールドよりも効果を高める方向にバイアスがはたらく。これをホーソン効果と呼ぶ。盲検化されていないと,「治療群」の人にはどうしても試験監督者や医師などから「絶対効くから頑張って下さいね!」といったセリフをかけられたりして,「目をかけられている」と自覚し,頑張ってしまう可能性もある。逆に「対照群」の人たちは,自分たちは治療群じゃないから…と諦めモードになってしまい,「逆ホーソン効果」が問題となることこともある。また,被験者だけが盲検化されていても,評価者が盲検化されていなければ,評価者の態度を見て被験者が「あっ(察し)」となることでホーソン効果が起きかねない。

尚「水うがいをする」「うがい自体しない」の比較もしたい!ということであれば,「水うがい群」「イソジンうがい群」「何もしない群」の3群比較をする,という手もあります。

いわゆる 3アーム の RCT です。

ただし,「うがいをしない」という群では被験者たちを盲検化できない(自分たちがうがいをしているのかしていないのかは明白である)ため,先述したホーソン効果やプラセボ効果のリスクはあります。

実際のRCTの設計を考えてみる!

Thinking light

上記より,

  • Patient:COVID-19 罹患者 or 健康者
  • Intervention:イソジンうがい薬でうがい
  • Control:水でうがい
  • Outcome:発症予防効果を調べるか,重症化予防効果を調べるか

ということを踏まえつつ,RCTの設計を考えてみましょう。

本当は control はイソジン液と全く同じ味と色にしたプラセボ液が望ましいのですが,その液体を作るのに費用がかかってしまいますから,費用面のことを考えると control は「水うがい」とするのが妥当かなと思われます。

イソジン液による「発症予防効果」を調べる場合

発症予防の効果を見たいので,対象者は非感染者(健康な市民)となります。

  1. 一般市民が”定期的にイソジンうがいをする”と,”水でうがいをする場合”に比べて COVID-19 罹患率が下がる のか?
  2. COVID-19 患者受入病棟で,医療/看護スタッフ全員が”定期的にイソジンうがいをする”と,”水でうがいをする場合”に比べて 院内感染率が下がる のか?
  3. 発熱外来の担当スタッフ全員が ”イソジンでうがいをする場合”と,”水でうがいをする場合” に比べて,スタッフの感染率が下がる のか?

こうした形式の設定が想定されます。

1. は先述の通りかなりのサンプルサイズを要すると思われますので,現実世界で実際にやるなら 2. か 3. での設計になるでしょうか。

イソジンによる「重症化予防効果」を調べる場合

はびきの医療センターが 当初の研究目的に据えていたものですね。

  1. COVID-19 罹患者が”定期的にイソジンうがいをする”と,”水でうがいをする”場合と比べて,入院率が下がるのか?
  2. COVID-19 罹患者が”定期的にイソジンうがいをする”と,”水でうがいをする”場合と比べて,挿管/人工呼吸を要する率が下がるのか?
  3. COVID-19 罹患者が”定期的にイソジンうがいをする”と,”水でうがいをする”場合と比べて,退院までの日数が減るのか?

といった形式でのRCT設計が想定されます。

ちなみに,代理評価項目として ④「ウイルス PCR 陰性化まで要する日数」などをアウトカムに据えることも考えられますが,そうした場合,仮にその差が統計学的に有意となっても,重症度や入院率などとは関連がありません。「重症化を防げるのか?」という疑問に対する答えは得られませんので,あまり良い設計とは言えません。

なお,はびきの医療センターの研究は当初 ①に近い設計で観察研究を組んだのですが,結局最終的には上記の ④「代理評価項目」のアウトカムを PDF に示して大阪府のホームページに載せていた,ということが問題だったのでした(endpoint のすり替え)。

【補足】先述の AMPoL trial (米国のうがい RCT)の設計

  • Patients:COVID-19確定症例
  • Intervention:H202,塩化セチルピリジウム,二酸化塩素, リステリンマウスウォッシュのいずれかで,1日4回,4週間,30秒ずつうがいする
  • Control:水で1日4回,4週間,30秒ずつうがいする
  • Outcome:
    • [Primary] 唾液内の SARS-Cov-2 ウイルス価の変化
    • [Secondary] 症状が出るかどうか,入院するかどうか,など

と,なっています。Control の水うがいを含めて 5アームの RCT で,150人の recruit が予定されていますので,各群30人というシブいサンプルサイズです。ウイルス価が primary outcome ですので,実際に臨床へのインパクトがあるかどうかは微妙なところですね。むしろ secondary outcome の方が,臨床的には重要な評価項目です。ただし少数例でのパイロットトライアル的な RCT なので,これを「入院」を主要アウトカムにすると「あまり有意差がでないかも(そもそも入院イベントの発生率が高くないから)」と思われているのでしょうか。
いずれにせよ,結果の気になる trial です。
これをみて「大阪でもできたのでは?」と思った方。そうなんです。初めからこういう trial にしておけば話は早かったのだと思います。そして,まだ間に合います。
ぜひ建設的な応援を大阪府に投書してください👍

総括

というわけで,オマケとして「じゃあ実際どうやってRCT組んだらいいのよ?!」という思考実験を加えてみました。

最終的に示したい Outcome によって,PICO の内容がガラリと変わって,設計される trial の枠組み自体も大きく変わることをお伝えしたかったのですが,うまく伝えられたでしょうか。

大阪の研究チームも,今回のことでめげずに RCT のデザインを現在進めていただいていることを期待したいです。

ひとまず以上を以て「吉村知事コロナうがい事変から学ぶこと」の解説シリーズ 2篇を終えたいと思います。

次回からは本筋に戻って,統計学の記事を少しずつ up していきたいと思います。
よろしくお願いいたします!!

[おすすめ本紹介]

User’s Guides to the Medical Literature


EBMを学ぶにあたり 1 冊だけ選ぶとしたら間違いなくコレ,という一冊です。著者 Gordon Guyatt 先生は「EBM」という言葉を作った張本人。かなり網羅性が高く分厚い本ですが,気軽に持ち歩ける Kindle 版はオススメです。邦訳版もあります。

医学文献ユーザーズガイド 第3版


表紙が全然違いますが「User’s Guides to the Medical Literature (JAMA)」の邦訳版です。一生言い続けますが,EBMと言えばこの1冊です。唯一の欠点は,Kindle版がないこと(英語版はある)と,和訳が気になる部分が結構あること。2つでした。原著とセットで手に入れると最強の気分を味わえます。

─ ads ─
>医療統計の解説チャンネル

医療統計の解説チャンネル

スキマ時間で「まるきりゼロから」医療統計の基本事項を解説していく Youtube チャンネルを 2 人で共同運営しています。

CTR IMG