「実はリスク大?」日本の特例承認・早期承認制度と米国 EUA

この記事ではCOVID-19 関連で注目度が高くなっており,また混乱のタネになっている様にも思われる医薬品の〈迅速承認〉制度についてまとめます。

  • 以下〈承認〉と記載する場合は,いわゆる〈薬事承認〉を指すものとします。
  • 〈承認〉を受ける= 医療費という “公費” で処方できる様になることです。

本邦の〈迅速承認〉制度は 3 つ

医薬品の取り扱いで〈迅速承認〉といった言葉は正式には存在しませんが,

「普通の薬剤審議・承認過程」をスッ飛ばして〈承認〉をもぎ取る特殊経路

という意味では,本邦には以下の 3つの制度があります(▼)。

本邦の迅速承認制度
  1. 特例承認制度 ─ 海外の承認薬を輸入する形で迅速に承認
  2. 先駆け審査指定制度 ─ 日本での早期承認を目指し「優先的に審査」
  3. 条件付き早期承認制度 ─ 第 III 相試験抜きに「条件付き」で早期承認

※注) 2022年5月より,新制度「緊急承認」が加わり4つとなっています。しかし未だ実際の運用実績はありません(2022年8月現在)。詳細はゾコーバ緊急承認見送りの解説記事をご覧ください。

早速,順に見ていきましょう。

① 特例承認制度

まずは1つ目の〈特例承認〉という制度についてまとめます。

この制度は,

  • 疾病のまん延防止等のために緊急の使用が必要
  • 当該医薬品の使用以外に適切な方法がない
  • 医薬品の製造・販売・承認に係る制度が日本と同等水準にある外国において,販売や授与などが認められている
医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律第 14 条の3 第1項

という条件を満たした場合に,厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聞いて〈承認〉できるというものです。

つまり,これだけの条件を満たせば,本邦での〈検証〉が不十分であっても,公費でその薬剤を処方することができる様になるということです。

他国の薬剤承認手順を全面的に信頼した上で成り立つ制度

と言えます。

ですから基本的に,日本と同程度の医療水準の国であることが要件となっています。

補足|日本と同等水準にある外国
ちなみに「日本と同等水準にある外国」は,2020 年 5 月 2 日までイギリス・カナダ・ドイツ・フランスの 4 国でしたが,急遽法改正がおこなれ,アメリカが追加されました。後述するレムデシビルを〈特例承認〉するためです。

この制度を利用した薬剤:レムデシビル

最近この制度を使って〈特例承認〉を受けた薬が,レムデシビル(べクルリ─®︎)です。

厚生労働省は 2020 年 5 月 7 日,米食品医薬品局(FDA)の緊急使用許可(EUA)を根拠に,抗ウイルス薬のレムデシビルを「新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症」(重症患者のみ対象)の効能・効果で〈特例承認〉しています。

アメリカでも正式承認ではなく〈EUA〉という緊急的な制度を用いた限定承認でしたから,それをさらに輸入する形の〈特例承認〉を受けたレムデシビルは,まさに文字通り特例中の特例であったと言えます。

米国の EUA 制度についてはこの記事の後半で扱います

なお,ファイザー社の SARS-Cov-2 ワクチンも〈特例承認〉で適応が通りました。

厚労省 ファイザーの新型コロナワクチン「コミナティ筋注」を特例承認 ──ミクスオンライン 2021/02/14 18:30
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② 先駆け審査指定制度

2つ目の〈承認〉ブースト制度は,〈先駆け審査指定制度〉厚労省)です。2015年から適応開始されています。

この制度の目的は

世界に先駆けて革新的医薬品・医療機器・再生医療等製品を日本で早期に実用化すべく,その開発を促進すること

とされています。

恩恵

開発早期の段階から〈先駆け審査指定制度〉の対象品目に指定されることで,薬事承認〉に係る相談・審査における優先的な取扱いの対象とされます。

たとえば承認審査期間の目標を 6 カ月とする等の優先対応を受けられます。

指定要件

要件を満たす画期的な医薬品 等が対象とされています。実際の指定要件は以下の 4 項目(▼)です。

  • 治療薬の画期性
  • 対象疾患の重篤性
  • 対象疾患にかかる極めて高い有効性
  • 世界に先駆けて日本で早期開発・申請する意思が認められること

「世界に先駆けて日本で」という言葉が「目的」にも「指定要件」にも書かれていることから,重要なキーワードであることが窺い知れます。

なお「極めて高い有効性」の説明として厚労省 HP には

既承認薬が存在しない,又は既存の治療薬/治療法に比べて有効性の大幅な改善が見込まれる,若しくは著しい安全性の向上が見込まれること。ただし,有効性の大幅な改善が見込まれるものについては、少なくとも国内外を問わず〈探索的臨床試験〉等において,ヒトに対する有効性が示唆、、されていること。

と記載されています(太字,ルビ,カッコは筆者注)。

探索的臨床試験で OK?

一般的には

探索的臨床試験 = 第 II 相試験(phase 2 trial)

とされています(▼)から,要するにこの制度を利用する条件としては,第 II 相試験の〈二次評価項目〉や〈探索的評価項目〉での有意差でも良いということです。

phaseI〜IIIの違い

となると,これはかなりユルい基準であり,十分な検証をされていない薬剤が承認されてしまうのでは?という懸念も生じさせます。

が,この点に関してはおそらく大きな心配はありません。

結局この制度は「早めに〈審査〉をしてもらえる」というものに過ぎず,最終的にはやはり第 III 相試験(検証的臨床試験)が必要になるからです(▼)。


── 厚労省PDFより:読みづらいですね・・

第 III 相試験は必要

第 III 相試験の実施を求めている以上,結局は PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)による平時の〈承認〉プロセスも必要になります。

異なる点は,その審議期間がかなり前倒しされるということです。そのため「素早く実用化できる」というのがこの制度のポイントです。

後述する「ゾフルーザ®︎」ことバロキサビル も,しっかり第 III 相試験まで行ってからの〈承認〉となっています。
|第 II 相試験の限界に注意が必要
一般に,第 II 相試験レベルでは臨床的意味が深いハードエンドポイント〈主要評価項目〉に据えられることはありません。そもそも「本当に効くかどうか」を検証するための RCT ではないからです。サンプルサイズも小さいため,そうした重大なイベントを評価指標にしたところでよほど有意差が出ません。第 II 相試験においては,そうした重大なアウトカムは〈二次評価項目〉や〈探索的評価項目あと付け解析〉で評価されるのが通例です。しかし小さいサンプルサイズの試験は結果のバラツキの幅が大きいため,一見すごく効いた様に見えることはしばしばあります。きちんと主要評価項目に据えて十分なサンプルサイズで〈検証〉してみたら有意差が出ませんでした,ということは往々にしてあるため,非常に注意が必要です。

〈先駆け審査指定制度〉を適応された薬剤

近年の有名どころだと,抗インフルエンザ薬の「ゾフルーザ®︎:バロキサビル」 がこの制度を利用していました。

しかしインフルエンザは「重篤」な疾患とは言えませんし,臨床試験を見る限り「極めて高い有効性」があるとも言えません。

「画期性」や「世界に先駆け日本で」という部分は確かに満たされていましたが,〈先駆け審査指定制度〉を利用した迅速承認の過程が果たして妥当だったのか,議論の余地があるところです。

【PMDA委員会】先駆け審査制度に慎重意見‐「ゾフルーザ」の耐性問題で 2019年06月19日 (水)  ── 薬事日報

結局のところ,ゾフルーザ®︎ は オセルタミビル(タミフル®︎)と比べて安全性の面でも有効性の面でも特に優越性を示せていませんNEJM 2018;379:913-23)。にもかかわらず,承認に際してメディアで騒がれ過ぎた感がある様に感じます。

第 III 相試験において,ゾフルーザ®︎の臨床的な有効性(有症状期間の短縮効果)はタミフル®︎とほぼ変わりませんでした。抗ウイルス活性がタミフルより強そうだという期待はありましたが,結局臨床試験でその実利的な〈差〉は示せなかったというのが現実です。その後耐性化の問題も出てきたため,市中で安易に使ってよい薬であったのか,その後議論になったところです。
|新薬には経済的問題と安全性の問題がある
また,新薬には経済的問題と安全性の問題がついて回ります。たとえばゾフルーザ®︎の例であれば,「1回投与でよい」という利便性があるとはいえ,バロキサビル(ゾフルーザ®︎)40 mg の薬価は 4789 円で,オセルタミビル(タミフル®︎)5日分の薬価 2720 円の1.76倍です。オセルタミビルのジェネリックは 1360円ですから,バロキサビルはその 3.52 倍です。この差額分は結構バカになりません。仮に 1000 万人レベルで投与されたら,大変な公費負担が発生します。また,そもそもオセルタミビル自体,リスクの低い健常成人にとっては不要な薬です(利益はインフルエンザによる症状を 0.5~1.5 日短縮するのみ。一方,副作用としての嘔吐が 20 人に 1 人 と高頻度 ── BMJ.2009;339:b3172)。その上,安全性は基本的に「古くて膨大な数の使用経験が蓄積されている薬」が勝ります。つまり総合的に見ると,ゾフルーザがタミフルに勝る要素はほとんどありませんでした。

③ 条件付き早期承認制度

3つ目のブースト制度は,〈条件付き早期承認制度〉です。

2017年から適応されており,対象は以下 4 つの条件すべてに該当する品目です。

  • 適応疾患が重篤である
  • 医療上の有用性が高い
  • 検証的臨床試験の実施が困難,または実施可能でも相当の期間がかかる
  • 検証的臨床試験以外の臨床試験などにより,一定の有効性・安全性が示される

〈検証的臨床試験〉というのが少し専門的な用語になるので,もう少し掘り下げてみます。

「検証的臨床試験」とは

検証的臨床試験とは,「本当に効く、、、、、のか?」という本質的な疑問を〈検証〉するために,十分なサンプルサイズで行われる臨床試験のことです。

一般的には,

検証的臨床試験 = 第 III 相試験(phase 3 trial)

と解釈されます。

概ね以下の 3 つを満たす臨床試験を指す言葉として使われます。

検証的臨床試験(≒ 第 III 相試験)
  1. 試験参加者を偽薬(プラセボ)と新薬にランダムに割り付け,二重盲検* 以上で行われるランダム化比較試験 RCT
  2. 比較される評価項目(アウトカム)の臨床的意義が確立されている
  3. 十分なサンプルサイズ(被験者数)を集めて行われる
注)十分効果が確立された従来薬が既にある場合は,プラセボ比較ではなく従来薬投与群との比較試験になる。その場合,優越性試験ではなく非劣性試験になる場合が多い。
|二重盲検とは
医師も被験者も,どちらに割り付けられたかわからない状態を維持しながら行う臨床試験のことです。プラセボ効果やホーソン効果,医師の恣意的な判断といったバイアスが入りにくいため,科学的信頼性の高い検証手法です。詳細は別記
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「検証的臨床試験が実施困難」とは?

たとえば,進行性の重篤な疾患で,有効な治療方法が乏しく,さらに患者数が少ないいわゆる「難病」は,第 III 相試験の実施がほとんど困難です。そもそも患者数が少ないため,なかなか十分なサンプルサイズを集められません。

そのため,仮に有効性があっても〈統計的に有意な差〉を示すのが難しく,従来型の手法ではなかなか〈承認〉まで行き着けません。

そうした状況下で,「検証的臨床試験以外の臨床試験」で一定程度の有効性・安全性が示されていれば〈条件付き〉で〈早期承認〉を行いますよ,というのがこの制度です。

「検証的臨床試験以外の臨床試験」というとかなりまわくどい感じがしますが,要するに先述した〈② 先駆け審査指定制度〉と同様に〈探索的臨床試験〉で OK ということです。

第 III 相試験が不要(!)

しかし前提条件が類似していても,〈先駆け審査指定制度〉と〈条件付き早期承認制度〉の間には大きな違いがあります。

前者はでは最終的に第 III 相試験のエビデンスが必要になるのに対し,後者は承認前に第 III 相試験を必要としないのです(▼)。


── 厚労省 PDFより

この点の差異は非常に大きいものです。

検証プロセスを飛ばして一気に〈承認〉してしまうというのは,非常に強力な〈迅速承認〉制度であると言えます。

さらに言えば,実際には第 II 相試験どころか,より幅広く以下の研究まで許容している様です(▼)。

  • 一般的には〈探索的臨床試験〉の成績を想定
  • 必ずしも確立した代替エンドポイントではなくとも「治療薬の薬力学的指標として妥当な指標の成績」を確認する試験等 の成績
  • 検証的臨床試験で代替エンドポイントにより中間解析を行った成績
  • 抗菌薬の場合の抗菌力試験,薬剤感受性(耐性菌)試験
  • 遺伝性疾患に対する医薬品の場合の患者由来の iPS 細胞を用いた試験結果等の非臨床試験の成績等

通常と比べると相当ユルい基準

通常の医薬品は「プラセボ比較の二重盲検 RCT で臨床的意義のあるアウトカムの有意差」を示さなければ〈承認〉されないわけですから,それと比べると,相当ガバガバにユルい基準で〈早期承認〉を受けられることが分かります。

もちろん「条件付き」という枕詞の部分が重要であり,

製造販売後に当該医薬品の有効性・安全性の再確認等のために必要な調査等の実施を条件として付す

と明記されています。[PMDA]

多くの場合,〈早期承認〉後もしばらくデータを集めて「本当に処方する意味があるのか?」については検討をし続けることが義務付けられます。

想定される適応疾患

しかし第 III 相試験を行わずに〈承認〉するということは,「大人数に投与したら本当は、、、意味のない薬かもしれない」というリスクを孕んだ大冒険です。

そのためこの〈条件付き早期承認〉制度は,第 III 相試験が行えないような希少難病に限って適応するのが妥当と考えられますし,そもそもその様な目的で作られたシステムです。

ところが実際には,この制度は進行性の難病以外であっても適応が広く認められている様です。

PMDA の公開 PDF でも

本制度の対象医薬品は,通知の対象品目で示すとおりであり,希少疾病用医薬品に限定されない。例えば一部の抗がん剤や,薬剤耐性菌に使用する抗生物質,救命救急領域の医薬品などにも,本制度の対象となる可能性がある医薬品は存在すると考えられる

と明記されています。さすがに安易な適応拡大はないと願いますが,この制度が COVID-19 などの感染症に適応されないかは非常に心配なところです。

この危険性については後述します。

この制度を利用した薬剤

たとえば近年では,ALK 陽性非小細胞肺がん治療薬「ローブレナ®」(ロルラチニブ)がこの制度を利用して〈条件付き早期承認〉されています。

承認の条件として付されたものは,

  • 全症例を対象に使用成績調査を実施し適正使用のためのデータ収集をすること
  • 特定の医療機関のみで使用すること

などです。

全例調査を要求されるというのは結構大変な条件ではあると思いますが,その分本来の承認過程はかなり省略できた様です。

第三世代のALK陽性非小細胞肺がん治療薬「ローブレナ®」(一般名:ロルラチニブ),日本において世界初承認 ── ファイザー社プレスリリース

3制度のまとめ

ここまでの内容を簡潔にまとめると,以下の様になります。

本邦の迅速承認制度
  1. 特例承認制度 ─ 海外の承認薬を輸入する形で迅速に承認
  2. 先駆け審査指定制度 ─ 日本での早期承認を目指し「優先的に審査」
  3. 条件付き早期承認制度 ─ 第 III 相試験抜きに「条件付き」で早期承認

最後にアメリカの〈緊急使用許可〉EUA についても簡潔にまとめます。

米国の〈緊急使用許可〉EUA

米国の〈緊急使用許可〉(Emergency Use Authorization:EUA)は,米食品医薬品局(FDA)が緊急時に未承認薬などの使用を許可したり,既承認薬の適応を拡大したりする制度のことです。(詳細:FDAウェブサイト

EUAを取得するための基本的な要件は以下(▼)です。

  • 生命を脅かす疾患である
  • 疾患の治療などで,その製品の一定の有効性が認められる
  • 使用した際のメリットが,製品の潜在的リスクを上回ると判断できる
  • 当該製品以外に,疾患を診断/予防/治療する適当な代替手段が無い

COVID-19関連で発行された EUA

FDA ウェブサイトを見ると直ちにわかりますが,FDA はこれまで,COVID-19に関する治療薬や医療機器などに無数の EUA を発行しています。

有名どころでは,2020 年 3 月 28 日に抗マラリア薬のクロロキン・ヒドロキシクロロキンが,5 月 1 日 に冒頭で取り上げたレムデシビルの EUA が発行されています。

2020年初頭からの感染爆発の経緯を考えると かなりの迅速承認であり,それなりのリスクを孕んだスピード感と言えます。

しかしその分,定期的な見直しもしっかり行っている様で,実際クロロキンは わずか 3ヶ月程度で EUA を取り消されています。データが集まってきたところで改めて検証してみたら「もはや有効性がリスクを上回るとは言えない」という結論に達したからです。(by FDA

このあたりの trial & error のフットワークの軽さは日本も見習いたいところですが,審議の人員や臨床試験が普及していない土壌を考えるとなかなか難しいものがありそうです。

新型コロナウイルス感染症で期待のヒドロキシクロロキン 米・FDAが緊急使用許可を一転取り消し ── ミクスオンライン 2020/06/17 04:53

迅速承認の利点と欠点

最後に〈迅速承認〉を行うことの利点と欠点をまとめます。

迅速承認の目的

迅速承認の目的(利点)は,当然ながら

薬を必要としている患者さんに素早く薬を届ける

ということに他なりません。

しかしそのために,少ないデータや短い審査期間で〈承認〉されてしまうため,非常に大きなリスクを背負うことになります。

迅速承認の欠点

それはつまり,

「本当に効くのか?」「本当に安全なのか?」という本質的議論が宙に浮いたまま,膨大な数の患者さんに公費で投与されることになりうる

ということです。

これは医療倫理的にもコスト的にも重大な危険性を孕んだ大冒険です。

加えて,一度市中に出回った薬はなかなかリコールできない上に,有効性に関する真実の検証もかなり難しくなる,というのも大きな問題です。

〈迅速承認〉が抱える問題
  1. 効果が十分〈検証〉されていないためリスク/利益が厳密には不明
  2. ひとたび市中に出回ると,プラセボ比較の RCT に参加する人がいなくなる(=真実の検証がますます困難になる)

これらの問題について,もう少し詳しく述べたいと思います。

欠点①:リスク/利益の天秤が不透明

薬の内服は絶対に「ノーリスク」ではありません。必ず一定の確率で副作用・有害事象をきたします。

しかし,益が害を明らかに、、、、上回るからこそ「薬」として承認されるわけです。

そうしたリスク/ベネフィットの〈検証〉過程は非常に重要で,信頼性・妥当性が高い手法で行われなければなりません。

そのため通常の〈承認〉手順では,「十分な規模のプラセボ比較二重盲検 RCT」── いわゆる第 III 相試験 ── という科学的信頼度の高いプロセスを踏むことが求められています。これこそが「高い倫理性」と「経済合理性」を保つため,伝統的に確立されてきた手法なのです。

しかしこうした信頼性の高い〈検証〉プロセスを省いていきなり市中に流通させるということは,最悪の場合,害が益を上回る可能性すらある,ということを覚悟する必要があります。

特に,小さいサンプルサイズでしか臨床試験が行われていない状態では「稀だが重篤な有害事象」が検出されていない可能性が非常に高いため,殊更注意を要します。
|経済合理性
新薬が大人数に投与されたとき,トータルで利益が害を上回らないのであれば,公費の無駄使いとなってしまいます。そればかりでなく,むしろ副作用への対応のためにさらに追加のリソースを要するハメになりかねません。ですから本来,「本当に臨床的意味のある〈効果〉を示す薬」以外は,安易に承認されるべきではありません。

欠点②:いまさら「プラセボ比較の RCT」ができない

更に問題なのは,ひとたび新薬が〈承認〉という通行手形を得てしまうと,いまさら「本当に効果があるか」改めて検証することは極めて困難になるということです。

すでに医療現場で使われ始めている「新薬」と「偽薬プラセボ」とにランダム割り付けされるような治験に,いまさら参加してくれる患者さんを十分数集められるでしょうか。

当然,困難になることは明白です。

なぜ今更50%の確率で偽物の薬を飲まされる試験に参加しなきゃいけないのですか?!


そんなよくわからない治験に私を入れようとせず,あの XX っていうよく効くお薬を使ってください!

となるのは当然のことです。

実際には〈条件付き早期承認〉をされる様な薬剤は,「本質的な意味で効く、、のか」曖昧な状態で市中に出てしまっているわけですから,可能であれば追加の〈検証的臨床試験〉が行われるべきです。

しかしよく経緯を知らない患者さんからしたら

効く、、から承認されてるんでしょう?! 私にあの薬を出してくださいよ!

となってしまうのが人情でしょう。

結局,いまさらプラセボ比較の RCT に参加するメリットがないため,参加者が集まりにくくなってしまいます。結果としてリアルワールドでの使用成績から後ろ向きに検討するのが精一杯,といった状況になってしまうことでしょう。

しかし後ろ向きの検討では,様々な心理的影響や,選択バイアス,医師の裁量,などなど非常に多くの交絡がかかってしまい,有効性も有害性も厳密な検証は非常に困難です。

つまり,相当長い期間「本当に有効なのか」「本当に安全なのか」という議論を宙に浮かせたまま漫然と処方され続けるという,極めて重大なリスクを背負うことになります。

完全に余談ですが,新型コロナに対するアビガン®︎(ファビピラビル)はこれと同じ様な現象が起きたのではないかと推察されます。ほとんどまともな臨床試験がないうちから,マスメディアで連日の様に効果が喧伝されたため,「プラセボ比較の RCT」に参加してもらえる患者さんを集めるのは相当苦労したものと推察されます。
アビガン 科学的根拠に基づいた議論を
── yahoo! ニュース 忽那賢志 | 感染症専門医 2020/4/25(土)

稀な進行性疾患には合う制度

もちろん,稀な進行性疾患などであればそれもやむを得ない部分があると思います。

そもそも診断される人が少ないのですから,第 III 相試験などできません。ある程度の効果がありそうだったら,実際の患者さんに早く,という考え方も支持はされるでしょう。

結局こうした疾患はどうしても疾患特性上,厳密な〈効果の検証〉が難しいため,次善の策としてこうせざるを得ない,というのは事実です。

ですから本来〈条件付き早期承認〉などは,こうした疾患を主な対象として想定・設計されたのだと思います。

安易な〈条件付き早期承認〉の適応拡大は危険

しかし,〈条件付き早期承認〉を多くの患者さんがいる腫瘍や感染症などにまで安易に適応を広げてしまうのは非常に危険だと感じます。

そもそも,そうした疾患は十分なサンプルサイズが確保できるはずですから,第 III 相試験 は実施可能なはずです。多少承認が早くなるからと言って,多大な倫理的・経済的リスクを抱え込むべきではありません。

たとえば感染症などにこの制度の適応を拡大してしまうと,〈早期承認〉後に投与される対象者数も非常に多くなってしまいます。

そのため,後から「本当は効かない」「本当はトータルでは害の方が上回る」などということが分かってきたら,とんでもない事になります。大変な経済的損失と倫理的問題を孕むことになりかねません。

phaseIIIなしの危険性

結局,集団としての本当の「益」を考えるのであれば,原則的にはやはり第 III 相試験を行って効果をきちんと〈検証〉してから,承認申請が行われるべきです。

なんでもかんでも〈迅速承認〉を目指すのではなく,その適応はかなり慎重に選ぶべきでしょう。

特に第 III 相試験を飛ばした〈条件付き早期承認〉が許容されるのは,物理的に治験が困難な希少難病などにしっかりと限定すべきでしょう。

COVID-19 への適応は?

個人的には,〈条件付き早期承認制度〉が COVID-19 関連で濫用されてしまわないか,懸念を抱いています。

アビガン®︎ 報道の経緯やイベルメクチン界隈の異様な盛り上がりなどを見ていると,どうしてもそうした不安が頭をよぎってします。

COVID-19 は(嫌なことですが)無数に患者さんがいるのですから,第 III 相試験は絶対的に「可能」です。

ですから,

政府主導で行うべきは〈迅速承認〉ではなく〈迅速な第 III 相試験〉

と考えるべきです。

まずは数千人〜1万人規模で「本当に効きそうなのか?」を検証すべきで,承認はその後で良いのです。この方が「やっぱり大して効かない」だとか「実はすごく害がある」とわかった場合にも,実際に投与される人数は少なく済みます。

一時期の感染者数を考えれば,数千人程度のサンプルサイズ確保が全然「不可能」でないことは明確です。

そうした一定規模での検証なしに〈早期承認〉などされようものなら,歯止めが効きません。一体どれほどの無駄な投薬を生むか。さらに,一定数は必ず副作用で無駄な苦しみを味わうことになってしまいます。

なお米国で EUA を発行された®︎ベクルリ─(レムデシビル)の第 III 相試験(当初 394 人規模予定 → 最終 1062 人)は,2020年の 2月 21日 〜 3月21日に公費で行われています。日本がダイアモンドプリンセス号で騒いでいた頃です。ほとんどまともな先行データがあったはずのない時期であり,驚くべきフットワークの軽さです。第 I/II 相試験なんてほとんど吹っ飛ばしての第 III 相試験であったと思われます。もしこの試験で死亡が増えたりしていたら相当倫理的な問題になったと思われますが,結果的には(一応)形を出し,5月には EUA が発行され,臨床現場で使用可能になっています(NCT04280705)。

すばやく引き返せる制度設計を

これは私見ですが,本邦でも十分な審査を経ずに〈迅速承認〉を行うのであればせめて「いざという時すばやく後戻りできる」制度設計にすることが大切だと感じます。

つまり,

  • 製薬会社と無縁の第三者機関による,持続的データ収集の義務付け
  • リスク/ベネフィットの検証を継続し,情報公開することの義務付け
  • いざというとき迅速に〈承認〉を一時取消できる様なブレーキ機能

といった安全網をしっかり用意することが望ましいでしょう。

実際,米国では 2020年 3月に発行した「COVID-19に対するクロロキンの EUA」を 6月には取り消しています。理由は先述した様に,「データが集まってきて,再検証してみたら,リスク/ベネフィットが微妙だったから」です。

こうした継続的な検証を行うシステムがしっかり構築され,また市民に公表されるのでなければ,安易な〈迅速承認〉は悲劇を招きかねません。

本当は、、、臨床的に有意な効果がない」「害が上回る」と後から判明しても,公費負担で処方され続ける

などという地獄 ♨️ だけは避けなければなりません。

もちろん,薬剤が処方されるかどうかは医師の裁量によりますので,全ての医師が最新のエビデンスに常にアンテナを張っているのであればこの様な懸念は杞憂です。直ちに処方されなくなり,薬の市場からは淘汰されることでしょう。しかし…実際にはなかなかそうもいかないでしょう。

後方視研究で「実はあまり効果がなさそうだよ」だとか「害がありそうだよ」などという報告は,ほとんど一流紙に accept されません。新薬の第 III 相試験がバンバン NEJM や Lancet といった一流紙に載ることを考えれば,その差は歴然です。「害の研究」「この薬ぜんぜんコスパ悪いよ研究」などは非常に臨床医の目につきにくく,容易には周知されないのです。

その点,例えば本邦の〈条件付き早期承認制度〉がこうしたセーフティーネットをどの程度用意した設計になっているのか,個人的には非常に気になるポイントです。

「十分なデータが揃っていない」時点から承認する以上,重篤な副作用を生じ薬害訴訟になるということもないとは言えません。その様な場合にどう対応するのか等も,気になるところです。

ちょっと検索した限りでは,この辺りについて信頼性の高い情報源での記載は見当たりませんでした。お詳しい方がいらっしゃったらコメントで教えて頂けたら嬉しいです!

まとめ

本邦の迅速承認制度は3つ
  1. 特例承認制度 ─ 海外の承認薬を輸入する形で迅速に承認
  2. 先駆け審査指定制度 ─ 日本での早期承認を目指し「優先的に審査」
  3. 条件付き早期承認制度 ─ 第 III 相試験抜きに「条件付き」で早期承認

〈迅速承認〉が抱える問題
  1. 効果が十分〈検証〉されていないためリスク/利益が厳密には不明
  2. ひとたび市中に出回ると,プラセボ比較の RCT に参加する人がいなくなる(=真実の検証がますます困難になる)

┗━▶︎ データが集まって「本当は意義が乏しそう」とわかってきた場合に,取り返しのつく、、制度設計であって欲しいと願います。

また,安易な〈条件付き早期承認〉が行われない様,厳格かつ透明性の高い運用を期待したいですね。

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