注:誤解のない様,最初に明記しておきます。筆者はイベルメクチンの COVID-19 への有効性については中立〜むしろ期待している立場です。死亡や挿管などハードエンドポイントを検証する大規模二重盲検 RCTを期待しています。 恐怖のメタ解[…]
この記事は,前回記事の補足(-part 1)です。 [sitecard subtitle=前回記事 url=/med/ivmmeta/] COVID-19 への効果が期待されているイベルメクチンですが,まだ結論が明確でないうちか[…]
はじめに
この記事では引き続き,ivmmeta.com が統合している RCT(▼) の1つ1つを実際に吟味していきます。
〈Early Treatment〉に含まれている 6 つの試験については別記事で既にまとめさせて頂きましたので,今回は〈Prophylaxis〉つまり予防内服の試験を中心にご紹介させていただきます。
前回記事にも記載しましたが,本来は〈メタ解析〉を行う人がきちんと個々の試験のバイアスリスクを評価してから結果を〈統合〉すべきです。しかし残念ながら ivmmeta.com ではそうした評価が全くされていません。とにかく全研究から都合の良いデータだけピックアップして統合しているという状態です。
そこで,読者である私たちが直接〈一次情報〉にアクセスし,批判的吟味を行う必要があります。
というわけで,自分なりにいくつか読んでみて私見をまとめてみましたので,何かの参考にしていただければ幸いです。
イベルメクチン予防内服 vs 新型コロナ
予防の試験 3本 総括
ivmmeta.com で紹介されている 3 本のランダム化比較試験 RCT を実際に見ていきましょう(▼)。
総括としては,
- 全て プラセボ比較のない〈非盲検試験〉
- 日本と医療体制が異なる国で行われた RCT ばかり
- Shouman らの試験以外は全て preprint(査読を受けていない)
という状況であり,まだ十分に立証されたものではないという感触です。
3つの試験のデータにアクセスしてみましたが,現時点(2021年2月6日)でマトモに読めるのは Shouman らの RCT だけでした。
きちんとプラセボを使った二重盲検 RCT による〈仮説検証〉が期待されます。
Shoumanらの RCT @エジプト
── Journal of Clinical and Diagnostic Research. 2021 Feb, Vol-15(2): OC27-OC32
では早速,一番上の Shouman らの試験から読んでいきましょう。
予防内服の 3 つの RCT の中では,最も読み込む価値がありそうな論文だと感じました。他の2本は preprint(2021年2月6日時点)で,この論文だけが peer review も済んでいるため,最も構成がしっかりしています。
PICOと結果
試験の概要 | |
---|---|
[P]参加者 | 家庭内に COVID-19 陽性者がいる「濃厚接触者」で,無症候の人 n=340人 |
[I]予防介入 | 家族で陽性者が確定したその日と3日目の合計2回,イベルメクチンを予防内服(n=228) ※ 15 mg/day(体重 40-60 kg); 18 mg/day(体重 60-80 kg);24 mg/day(80 kg 以上) |
[C]比較対照 | 特に何もしない(n=112) |
[O]主要評価項目 | 14 日以内の症状の顕在化(2週間追跡) ┗━ 熱,咳,咽頭痛,筋肉痛,下痢,息切れ |
結果 | Primary outcome:15/203(7.4%) vs 59/101(58.4%)で有意差あり(p<0.001)。 |
Limitation | 論文著者の記載より:
|
備考 | 非盲検試験。 16歳〜70歳対象。年齢中央値 38 歳。併存疾患がない人が 75 % 程度。両群とも10%近い lost-to-follow up(25vs11)がある。 |
良かったところ
- 実臨床に促していて解釈しやすい試験デザインです。
- Limitation を分かりやすく列記している点も良かったです。
バイアスリスク
結構良い試験だと思うのですがオープンラベル試験,つまり〈非盲検〉というのがかなり痛いところです。プラセボ比較で二重盲検ならかなり良かったのですが,そこが残念でした。
この試験で見ている評価項目は「自覚症状」という「ソフトエンドポイント」×「非盲検試験」なので,かなりバイアスリスクが高くなってしまいます。
要するに,患者さんも医者も研究者も,全員が「飲んでるか」「飲んでないか」分かってる状態で「自覚症状」をカウントしているわけです。
医者や研究者が恣意的な基準でイベントを計上してしまう可能性がありますし,患者さん自体もプラセボ効果やホーソン効果を受けやすいことでしょう。
どの程度の「自覚症状」からピックアップしているのか(=つまりどこから「有意な症状」と見做しているのか),その閾値によってイベントの数は大きく変わってしまいます。
非盲検なので,この辺りの客観性はかなり危ういと考えられます。
症状がでた人全員が PCR で確定はされていない
また,筆者らも Limitation として挙げている様に,「症状がでた」場合にも PCR が全例に行われたわけではないため,必ずしも「COVID-19」とは限りません。この辺りも解釈の際に注意を要します。
つまり,アウトカムは「咳や熱が出た」というだけであって,一般の風邪症状であった可能性は否定できないということです。
各家庭の生活環境は不明
また筆者らは「家庭環境を聴取できていない」という limitation も挙げています。
確かに,一口に「同居」とは言っても完全に別の部屋で生活していてほとんど接触がない場合と,毎晩 川の字で同衾している家では感染成立率が変わりそう(=交絡因子)です。
そのあたりの情報は聴取されていないので,きちんと均等に割付けられているかは分かりません。
が,先述したように,家庭内で陽性者が出た時点で相当な感染リスクであり,家庭環境による交絡はそう大きな問題にはならない様にも思います。
統計面で気になったところ
それよりも,最初に 100人の trial で組まれた試験なのに最終的に 340人症例を集めて終了しているのが若干気になります。power分析などの経緯も記載されておらず,どういう理由で 340 まで集めて打ち切ったかが不明です。
つまり,複数回の中間解析をやって「いい感じのところで打ち切った」可能性を邪推してしまいます。
また,この試験は340 人の試験ですが,途中脱落 36人(内服群 25 人+ 対照群 11 人)を取り除いて,304人のデータだけを解析に含めている点には注意を要します。
あり得ない話ではありますが,たとえば内服群で欠測した 25 人が実は全員別の病院で発症していて,対照群の欠測 11 人が全員発症していなかったとしたら(=ワーストシナリオ解析),結果はかなり変わってきてしまうからです。
有害事象も
予防内服の試験ですから,risk/benefit を考える上で,有害事象の情報は非常に重要です。
この試験では,イベルメクチン群(脱落者除く)203 人中,11 人(5.42 %)で有害事象が報告されています。
「20人に1人程度,こうした副作用が出る」という現実を踏まえた上で,予防内服の benefit を天秤にかけて検討する必要があります。
総括
- 家庭内に陽性者がいる濃厚接触者の予防内服試験
- 非盲検試験×ソフトエンドポイントという高いバイアスリスク
- 欠測データが 10%
- サンプルサイズが小さい
- 症状が出ても PCR で確定されていない
- 有害事象が 5.42 %
解釈時にネックになるポイントは多くありますが,以下の 2 試験と比べて最も分かりやすく吟味しやすい論文でした。
Elgazzarらの RCT(@エジプト)
次は ivmmeta.com にて〈Prophylaxis〉の中で紹介されている RCT の上から2つ目, Elgazzar らの論文を読んでみます(▼)。
この研究は preprint(査読されていない論文)です。
結果の解釈にはかなり注意を要します。
PICOと結果
予防に関する部分(Group Vと GroupVIの比較)だけピックアップすると,PICO と結果は下記になります。
試験の概要 | |
---|---|
[P]参加者 | 確定した症候性 COVID-19 患者に対して家庭内接触があった人(post-exposure),または特に明らかな濃厚接触があったわけではないヘルスケアワーカー(pre-exposure)(n=200) |
[I]予防介入 | Group V:イベルメクチン 0.4mg/kg 予防内服(1週あけて2回)+個人防御策*(n=100) |
[C]比較対照 | Group VI:個人防御策のみ(n=100) |
[O]評価項目 | 「RT-PCR陽性となること」を評価項目としていそうだが,記載なし |
結果 | 2/100(2%) vs 10/100(10%);p=0.03(table 5 より) |
備考 | 非盲検試験。〈治療〉の RCT と〈予防〉の RCT が1つの論文中に混在している。〈治療〉の部分に関しては主要評価項目についても記載がある(clinical, laboratory investigations improvement and/or 2 consecutive negative PCR tests taken at least 48 hours apart)が,〈予防〉に関してはアウトカムが明記されていない。 |
- 補足|個人防護策の内容
- 手指消毒,人と距離を取ること,目・鼻を触らないこと,マスク着用,手袋着用,咳エチケットなど
バイアスリスク
- まず他の2つの試験同様に〈非盲検〉ですので,バイアスのリスクは高い試験です。
治療と予防の RCT が1つの論文中に混在
- また,公開されている情報(Researchsquare の preprint の記載内容)はスカスカすぎて,細かい批判的吟味は困難でした。
- Researchsquare 上の論文では,全体的に Group V と Group VI(予防内服に関する部分)の情報が少なすぎます。
- Methods に記載されているのも Group I〜IV(治療 RCT)の情報ばかりで,Group V〜VI(予防内服の部分)についてはいまいち要領を得ません。
- また,Results に関しても,Group V と Group VI は最終的に何人に症状があったのか,背景因子が揃っていたか,なども一切記載されていません。欠測データの有無も不明です。両群 100 人のうち何人がヘルスワーカーの曝露前内服で,何人が家庭内濃厚感染者なのかも不明です。
- ただただ Table 5 に〈PCR陽性化した人の割合〉が 2/100 vs 10/100 という結果だけが公表されている状態です。途中の情報は一切ナシです.
- 一応,数字だけ見ると 100 人に内服させて 8 人は予防できた(NNT12.5),という結構な成功試験になるわけですが・・
- 結局,背景情報が何1つ書かれていないため,どの程度真に受けてよいかわからないデータです。
- あと,やっぱり〈予防〉と〈治療〉という全く次元の違う RCT を一緒くたにして1つの報告にまとめているのが謎です。非常に読みづらいので,分けて報告して頂きたいですね‥。
Chala らの RCT(@アルゼンチン)
最後,3行目の試験を見てみましょう(▼)。
アルゼンチンで行われた,医療関係者を対象とした予防内服の試験です。またもや非盲検試験 かつ preprint です。
PICOと結果
試験の概要 | |
---|---|
[P]参加者 | 18〜60歳の医療従事者や清掃員やナースや経営者 (n=234人) |
[I]予防介入 | 4週継続:イベルメクチン 12 mg 1回/週 +カラゲニンスプレー 1日 6 噴霧(n=117人) |
[C]比較対照 | 特に何もしない(n=117人) |
[O]評価項目 | Primary:4週間の追跡期間内に COVID-19と診断されること |
結果 | 治療群 4/117例 (3.4%),control群 25/ 117 (21.4%);RR 0.16, p < 0.001 |
備考 | 非盲検,18歳〜60歳対象。原則,併存症のない健康者が対象。 |
データが公開されておらず批判的吟味は困難
- この試験は,preprintの 論文データ自体にもアクセスできませんでしたので,吟味は全くできませんでした。
- NCT上にしれっと書き添えられた「治療群 4/117例 (3.4%),control群 25/ 117 (21.4%);RR 0.16」というデータを鵜呑みするしかありません。
- 追跡率や群間移動,背景因子が揃っていたか,などなど重要なバイアスリスクが全く不透明なので,どの程度割り引いて解釈すべきかは分かりません。
消えた 66 人の行方
- なお,NCT データベースを見ると 300 人の Actual enrollment と記載されていますが,実際に解析に含められたのは 234 人です。つまり 66 人が途中で何らかの形で消えているわけですが,その詳細は不明です。試験開始前に離脱したのか,ランダム割付後に離脱したのか,また,後者の場合どちらの群から何人ずつ離脱したのか,その欠測データをどう統計処理したのか,といった部分で結果の解釈がだいぶ変わってきます。
- しかしこの辺りの情報は現時点(2021年2月6日時点)では全く公表されていないので,考えたところで仕方がないことです。
バイアスリスク
- とりあえず言えることは〈非盲検試験〉なので非常にバイアスリスクは高い,ということです。
- ただ,楽観的に結果だけ見れば,ある程度割り引いてもやはり一定程度の効果は期待できそうではあります。プラセボ比較の二重盲検 RCT(第 III 相試験)の結果を期待したいところです。
予防内服の総括
以上です!
結局まともに読めたのは Shouman らの RCT だけだったのですが,3つの試験いずれも「プラセボがない非盲検試験」というところが大きなネックでした。結果はかなり割り引いて読まなければなりません。
とはいえ,別記事で取り上げた軽症早期例治療の RCT よりは臨床的に意義のある検証がされている印象ではありました。
軽症早期治療より予防に見込みあり?
現在までのイベルメクチンの COVID-19 軽症早期例治療の RCT は,そのほとんどが「PCR が陰性化するまでの日数」を〈主要評価項目〉に据えた試験でした。
しかし,臨床現場ではウイルスキャリアの人に連日のように PCRを行って「やった!ついに陰性になった!これで無罪放免だ!」などという対応は行っていません(──厚労省 診療の手引き 4.1版)。
そのため「PCRが陰性化するまでの日数」が1日や2日短くなったところで,臨床的にはほとんど意味のないアウトカムです(直接的には)。
結局これまでのところ,挿管,死亡,酸素吸入を要する人の割合といった臨床的意義のあるイベントを〈主要評価項目〉にした試験は1つもなく,サンプルサイズも小さいものばかり,というのが現実なのでした(詳細は別記事)。
結果として,「軽症早期治療」で「本当に内服する意義があるのか?」という検証は殆どできておらず,結論を得るのはまだ先になりそうな印象です(日本でもようやく phase II という段階)。
- 補足|重症度と PCR 陽性期間の関係
- なお,重症例では PCR 陽性期間が長くなることが知られていますが,感染性があるかどうかは別とされています。また,単純に PCR 陽性期間が短くなる ➡︎ 軽症になる,というわけでもありません。重症度と PCR 陽性期間の間にあるのは相関関係であり,因果関係ではありません。別の言い方をすれば,PCR 陰性化は「代用アウトカム」にすぎず「真のアウトカム」ではない,ということです。
今後に期待
一方〈Prophylaxis:予防内服〉の RCT は,いずれも「発症するかしないか/感染成立するかしないか」という臨床的意義が一定程度あるアウトカムで,サンプルサイズもまずまずの試験がすでに 3 つ済んでいる状況です(うち 2 本がまだ査読前ですが)。
非盲検という点が大きなネックですが,その点に目を瞑れば〈早期治療〉としての適応よりもむしろ〈予防内服〉としての適応の方が,今後に期待できるかもしれません。
Risk と benefit の天秤
ただし,予防内服というのは要するに「まだ患者ではない人」を対象にするわけですから, リスク/ベネフィットの天秤をよく検討する必要があることを忘れてはいけません。
臨床試験によってバラつきはありますが,イベルメクチンの添付文書をみると2〜10%程度に副作用の報告があります。主に消化器症状(下痢・嘔吐)の副作用が多い様です。このリスクと,予防内服で得られる発症予防効果(利益)をよく検討する必要があります。
経済的な問題も
また,予防内服は副作用の問題だけではなく,コストとの比較(費用対効果)も問題になります。
仮に適応が通るとしても,医療保険という「公費」でどこまでカバーすべきなのかは別途議論が必要です。イベルメクチン(ストロメクトール錠®︎)は現在 3mg 1錠 671 円ですから,通常 dose の 12 mgでは 2684 円もするお薬です。決してお安くはありません。
非盲検試験しかされておらず本当に効くのかイマイチ確証が得られない時点で,万が一「予防内服」で「特例承認」などが通ってしまおうものなら,結構大変なことです。
3割負担としても,1人あたり 2000 円程度が公費として吹き飛ぶことになります。例えば 100 万人に1回ずつ処方されただけでも,20億円です。
基本的に「予防」は医療保険の対象外とするのが原則ですから,もし予防内服で適応を通すのであれば,無駄な公費負担を避けるためにもしっかりとした限定条件が必要になると思います。
まずはそうしたコストをかける価値が本当にあるのか,〈予防内服〉についてもプラセボ比較の二重盲検 RCT(第 III 相試験)でしっかり〈検証〉して頂きたいですね。
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