この論文の吟味ポイント
以下,今回の論文について箇条書きでもう少し深く掘り下げていきます。
*マークの記載はあくまで私見(私の考える重要な吟味ポイント)です。
参加者(P)に関するポイント
- 平均年齢 30.6(SD 8.6)歳,半数以上が 30歳未満
- 参加者の 67 % が男性
- 参加者の 72.7 % が診療スタッフ,13.9 % が行政スタッフ,13.4 % が学生
- 既往歴,併存疾患,他剤内服歴,勤務部署,同居家族の有無やその活動範囲(家庭感染リスク)などについて情報収集なし
*本研究の施行は 2020年 9 月であり,参加者は基本的に全員ワクチン未接種。医療従事者のワクチン摂取が進んだ現在とは状況が大きく異なるため注意。「予防内服」という本試験の結果を現在に応用する際,重大な制限となる。
*黄マーカーで記載したように,交絡因子となりうる情報の収集が少ない。
- |追跡困難例の扱い
- なおこの試験では 参加者 3630 人中,追跡困難であった 98名(2.7 %)を除外(原因・内訳の記載なし)し,残った 3532 人のみを解析対象としている。しかし本来,この 98 名が「追跡不能になった理由」や「両群に何名ずついたのか」は開示すべき。打ち切り例がどちらの群に偏って多い場合,バイアスになってしまう。
要因曝露(E)に関するポイント
- イベルメクチン 300ug/kg を 72時間あけて2回内服
- イベルメクチン内服を選択した 2385 人中,プロトコル通りに 2 回内服したのが 2199 人,1 回のみ内服した者は 186人(7.8 %)
- なぜ 186 人もが1回内服で止めてしまったのか,原因の記載なし
*解析上では「きちんと2回内服した人」だけを「内服なし群」と比較しており,「1回内服で止まってしまった人」を別枠として扱ってしまっている。この統計処理は問題あり。
- |補足:投与量について
- なお「300ug/kg を 72時間あけて2回内服」という用法用量は Shouman らの 非盲検ランダム化比較試験(RCT)[NCT04422561] を参考にした,とのこと。疥癬治療として承認されている本邦で承認されている用法・用量は, 200 μg/kg 1回 経口内服であり,比べると投与量としては多いことがわかる。 [参考:pmda 薬剤添付文書] 当然ながら本邦においてこの処方量での安全性や副作用頻度は未確認。
比較対照(C)に関するポイント
- 比較対照はプラセボの内服ではなく,ただ何もせず観察された
- なぜ彼ら(参加者の 32.5 %)が「イベルメクチン内服をあえて選択しなかったのか」理由については記載なし
* イベルメクチン内服群は〈プラセボ効果〉を受けたと推察される
* 32.5 %の人が「内服しないことを選択した」理由によっては重大な交絡因子となりうる
評価項目(O) に関するポイント
- 主要アウトカムは COVID-19 の確定診断(RT-PCR)
- ただし「COVID-19 患者との濃厚接触があった」ないし「自覚症状がある」と自己申告した場合にしか PCR は施行されていない
- 匿名性を保つため,電話でのデータ取集を行なっている
- 症状のフォロー頻度は記載なし(1ヶ月経過時点で1回電話しただけ?)
* COVID-19 の PCR 確定という客観的なアウトカムを据えているかと思いきや,自覚症状の申告ベースでのみ PCR を施行しており,実質的には主観要素が強い。非盲検かつプラセボ効果を受けた参加者でこの評価手法はかなりバイアスリスクが高い。
結果(Result)の解析に関するポイント
主要アウトカム:COVID-19 確定例(PCR)
- COVID-19 確定(PCR)は解析対象者全体のうち 5.7 %(201/3532)
- イベルメクチン1回内服群は,内服なし群と有意差なし
- イベルメクチン 2 回内服群は,内服なし群に対して有意な減少効果あり(2.0 % vs 11.7 %)
* まず,わずか1ヶ月間の追跡で「全職員のうち 5.7 %」が院内感染を起こすなど,現在の日本で同じ状況は想定しがたい状況。当時のインドと現在の日本ではワクチン普及率の違いもあり,今回の研究結果を日本の医療現場に外挿することは難しい。
* 先述した通り,プロトコルに沿わず 1回内服で終わってしまった 186 名の原因の記載がないのは問題。解析上もなぜか「内服なし群と1回内服群を合算」し,2回内服群と比較している部分がある(=Table2)。
- 補足|不適切な統計処理
- この研究は,もとは「イベルメクチン内服あり」と「イベルメクチン内服なし」でのイベントの差を追跡して検討するデザインであったはず。しかし,それが突然「イベルメクチン2回内服 vs 内服なし+1回内服」という比較や「イベルメクチン2回完遂 vs 内服なし」という比較にすり替わってしまっている。通常であれば, 2 回内服のプロトコルを守らず 1 回内服で終わってしまった人たちは「内服あり群」の側に合算すべき。そして 1 回内服で終わってしまった原因の調査と開示が重要。2384人中 187 人(7.8 %)もが「1回内服でやめてしまった」理由を検討せず,内服なし群側に合算して解析するのはかなり問題と言わざるを得ない。副反応の調査はきちんとできていたのかどうか。少なくとも感度分析(=1回内服で終了してしまった人を含めた解析と含めなかった解析など複数パターンでの比較)の結果の開示は必要。
有害事象(Table 4 より)
- イベルメクチン内服 2385 人中,何らか症状を報告したのは 1.8%(42人)
- 頭痛,下痢,悪心,吐き気,皮疹,嘔吐,めまい,腹痛など
- ほとんどは軽症で治療や入院を要したものはない
*本研究の対象者はもっぱら医療従事者であり,非医療職の人々と比べ症状報告の閾値が高くなっている可能性(=医療職の方が軽微な症状を「大丈夫だろう」と考えがち)には注意が必要
* 繰り返しになるが,1回内服で中断した 186 名の中断理由が実は副反応という可能性がある(=多くの薬剤の内服中断理由は軽微な副反応である)。副反応の集計方法が不十分だったかもしれない。
*研究のプロトコル上,ルーチンで採血が行われていない。そのため肝機能異常などの有害事象は拾われていない(過小評価)。
- |日本の糞線虫治験での採血異常の頻度
- 国内で実施された腸管糞線虫症を対象とした臨床試験において,臨床検査値の異常変動は 50 例中 4 例(8.0%)に認められている。AST上昇,ALT 上昇,総ビリルビン値上昇 などが認められた旨が添付文書に記載されている。
了
以上,個人的にポイントと思うことを列記してみました。
上記はあくまで個人的な解釈です。誤った読みをしてしまっているところもあるかもしれませんので,もし何かありましたらご教示いただけましたら幸いです。
今後,質の高い二重盲検 RCT が発表されることに期待しています。
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