初期研修病院選び,いわゆる『マッチング』に向けて医学部5〜6 年生の皆さんが行う病院見学の際,チェックしておくと良いポイントについて共有したいと思います。
病院見学では何を見るのか?
初期研修病院は「その後の医師人生を左右する」とも言われる重要な場面ですので,後悔のない選択を行いたいですよね。
しかし実際に
ということは,あまり情報共有されていないのではないかと思います。
というわけで一定の需要があるのではないかと考え,今回,私見・偏見を交えつつ「病院見学時のポイント」を順に挙げてみたいと思います。
職場選びの際,何らかの参考にしていただければ幸いです。
私が個人的に大事ではないかと考えているポイントは,以下の5つです(▼)。
- 救急外来の診療の実態
- 職場の雰囲気
- 教育体制
- 院内環境
- 休日・夜間の就労体制
順に見ていきましょう。
① 救急外来を見よう
よく言われることですが,最重要要素の1つは ER です。
おそらくどの病院であっても, ERは初期研修医の先生方の主な修練場となっているハズだからです。
見るべきポイントはザッと思いつく限りで以下の様になります(▼)。
- 何次救急病院か
- ER平日/土日 総件数はどの程度か
- 1日当たりの救急車搬送数はどの程度か
- それらを何人の医師で対応して回しているか
- 研修医が一晩で診る件数はいくつか
- 搬送されない主訴や病気はあるか
- 当直頻度は月に何回程度か
- 当直明けの体制は? 実態は 午前休・午後休・全休 どれか?
- Walk-in を一人で帰せる様になる時期はいつか
- 救急車を診はじめる時期はいつか
- 救急車を一人で帰せる様になる時期(= ER 独り立ち)はいつか
- 採血・Vルート確保・心電図は看護師さんにタスクシフトできているか?
- 研修医のエコー技術はどの程度修練されるか?
- ER 当直医以外に,病棟当直医も常駐しているか?
もちろん,地域によってもこれらの基準値はだいぶ異なるため,一概にどの程度がよいかというのは分かりません。
しかし参考指標としては有用なので,見学の際に案内してくれる 研修医 1〜2 年目の先生方にこの辺りを聴いて,複数病院で比較してみることをオススメします。
- |静脈採血は研修医が行うべきか
- なお,12番目に関しては異論があるかもしれません。特に初期のころは Vルートや採血の練習も必要だからです。しかし最終的にはやはり,看護師さんが可能な仕事は看護師さんにしっかりタスクシフトして,医師は医師にしかできない仕事(エコー・動脈血液ガス・問診)を行う,と分業できている病院の方が合理的だと思います(私見です)。
バランスの良い臨床研修の一例
上記を踏まえ,一例としてバランスが良い初期臨床研修病院の ER 体制を挙げてみますと,以下のようなパターンでしょうか(▼)。
- 3 次救急病院(しかし1次レベルの疾患も walk-in で沢山くる市中病院)
- 年間救急搬送は 4000~5000 以上(毎日 10 台)
- 一晩で研修医1人当たり 15〜20 人くらい診る(少なくとも10 人)
- 搬送されない「主訴」がない(*)
- 当直は月 4〜5 回くらい
- 直明けはしっかり休める(初期研修だけでなく職場全体として)
- 早い内から救急車対応も独り立ちできる
- 心電図・V採血等はしっかり看護師さんにタスクシフトできている
- 研修医はばんばんエコーができる
- |搬送されない主訴とは
- 病院によっては,各専門科 常勤医師の数の都合などにより,夜間の吐下血,ショックバイタル,脳卒中疑いなどを断っているケースがあります。
② 職場の雰囲気を見よう
見るべきポイントの2つ目は,職場の雰囲気です。
フワッとしていますが,実際に見てみないと見えてこないため,職場見学の大切な目的の1つです。
雰囲気を見るポイントは以下の3つにまとめられます(▼)。
- 1つ上の先輩の顔色を見る
- 将来進路として考えている診療科の雰囲気を見る
- コメディカルの雰囲気を見る
✅ ひとつ上の先輩の顔色
ひとつ上の先輩の顔色は,結構大事です。
もちろんコレで決めるものでもないとは思いますが,自分のキャラクターに合う病院なのかどうかを考える上で,1つの参考所見として役立つのではないでしょうか。
また,実際に働いている研修医の顔色や疲弊度を見れば,その病院がブラック体質かどうかもわかるかもしれません😏
研修医同期および1年前後の先輩/後輩は,ER を含めて初期研修という戦場を一緒に駆け抜ける戦士・戦友であり,本当に「一生の仲間」になる人たちだと思います。
✅ 診療各科の雰囲気
また当然ながら将来 Fix したいと考えている診療科(つまり見学でうかがう診療科)の雰囲気も大切です。
最終的に志望科はある程度変わるモノなので,あまりこだわる必要もないかもしれませんが,その科の「体質」は見ておくのがよいでしょう。
- 若手と上司の仲(風通し)が良さそうか?
- 教育的な雰囲気があるか?
- 夜の待機の当番の割り振りはどうなっているか?
- 教育という名の「仕事の押し付け」が横行していないか?
- 実際どの程度呼ばれているか?
- 当直明けはきちんと休めているか?
などは,お昼休憩の時などに巧みなトークで聞き出すようにしましょう。
当該科で一番若手の先生に聞くのが確実です。何より自分の QOL に直結する部分ですから,しっかりと情報を集めましょう。
✅ コメディカルの雰囲気とタスクシフト
また,病院全体として,コメディカルに勢いがあってタスクシフトが進んでいるところの方が,絶対に働きやすいはずです。
たとえば,以下の手技は本来(法的には)他職種でも行えるはずです(▼)。
- 末梢点滴確保
- 経鼻胃管留置
- 心電図検査
- 採血
- 唾液や鼻腔検体採取(インフルエンザ,COVID-19)
- 吸入薬投与
- ほとんどの事務手続き
救急外来などの特殊なセッティングはともかく,病棟でもこれらの手技の主体が医師・研修医となってしまっている場合,タスクシフトが進んでいない病院ということになります。
もちろん研修医になったばかりの頃はこれらの経験も重要ですが,それが「勉強」になるのはせいぜい最初の数ヶ月程度です。その後もずっとこれらの仕事を研修医に強い続けるような病院は,単純にタスクシフトがうまくできていないだけかもしれません。
③ 教育体制を見よう
見るべきポイント3つ目は,職場の教育体制です。
初期研修は勉強のためにおこなうものなので,一定の質が担保された研修を行いたいのであれば,教育体制に着目するのは重要なことです。
個人のモチベーションに頼りすぎない環境を
正直どこの病院で初期研修を行おうが,本人のモチベーションが高ければ必ず一定程度のスキルは身につけられます。それは事実です。
しかしやはり「集団」というものの影響力は大きいものです。医師同士のフィードバックや相互教育が文化として根付いている病院の方が,モチベーションを維持しやすいことは言うまでもありません。
むしろあまり自分でモチベーションを維持できないタイプの人ほど,初期研修病院は「ベースの教育体制がしっかりしている病院」を選択しておいた方が無難かもしれません。
教育体制が良いことの目安
目安として,以下の内容について確認してみると良いでしょう(▼)。
- ER診療などで,R2 が R1 にフィードバックする体制
- 症候学や ER 症例などについての院内勉強会の頻度
- 研修医が自らアウトプットするタイプの勉強会の頻度
- 若手医師が学会発表や論文投稿をおこなっている頻度
- その場の疑問をすぐに UpToDate®︎ などで調べる文化の有無
注意事項として,同一病院内でも各科でだいぶテンションが異なることが多いため,各科の教育体制は個別に確認が必要だということです。
特定診療科に興味がある場合は,その科のローテが充実しているかどうか,先輩研修医に尋ねてみましょう。
④ 院内環境をみよう
4つ目の見学ポイントは,院内環境です。
特に食堂,研修医室(医局),当直室,wifi,病院契約サービス,あたりが QOL に関わる重要チェックポイントです。
✅ 食堂
言わずもがな。毎日食べるものですから,当然重要です。
契約食堂が提供するものが毎日刑務所メシみたいな病院で,くる日もくる日も刑務所メシを食べながら過ごしたい方がいるでしょうか?いませんよね😡
✅ 研修医室
広さや雰囲気,上級医と別部屋かどうか。
✅ 当直室
寝心地,広さ,清潔さをチェック。シャワー室も同様。
特に,夜中呼び出されたとき,当直医以外が泊まれるスペースはあるのか? は重要です。
✅ wifi
つつがなく飛んでいるか。病棟や外来で調べ物をしたり自分の Evernote や Onenote メモを見るとき,スムーズにアクセスできるか。大事です。
✅ 病院契約サービス
これはオマケですが,意外とポイントかもしれません。雑談中などでタイミングがあれば,一応確認しておきましょう。
☑︎ 診療・意思決定補助ツール
- 理想は UpToDate®︎ に契約していること(完全に私見)。
- 今日の診療®︎ と契約している病院も少なくないようですが,個人的には UpToDate®︎ の方を推奨したいです。
- 非常に情報量が多く更新頻度も高く,根拠論文のチョイスもブレがなく信頼できます(※ページによる部分もあります)。
- 何より,グローバルスタンダードな診療を知ることができます。
- 直接 pubmedにジャンプできるのも good です。
- 自宅でもどこでもアクセスできる UpToDate anywhere®︎,本当に最高です。
☑︎ 医学雑誌
- 目安として NEJM,Lancet,JAMA,BMJ など 臨床4大ジャーナルやこれらの子雑誌が無料閲覧できる環境だと,他の臓器別主要ジャーナルの購読率も高い印象があります。
- が,これら全てをカバーすると相当な購読料になるため,市中病院でコンプリートはかなり難しいと思われます。
- ひとまず上記4誌のうち 2〜3 誌にアクセスできれば,予算的には十分頑張っている方ではないかと思います。
- 大学病院ならこの辺りは心配ないでしょう。
⑤ 休日・夜間の就労体制をみよう
見るべきポイント5つ目は,休日・夜間の就労体制です。
とはいえ現在は法的な制限もあって,どこも「初期研修医」の就労環境はかなり守られています。
現場の実感として,2010年台ごろから多くの病院では初期研修医の当直明け連続勤務をなくしたり,当番対応に対してきちんと手当金を出したりするような体制に変わってきているように感じます。
つまり初期研修という点だけで見れば,これらの就労体制は病院間で大きく変わらないかもしれません。
しかし医師3年目以降は,必ずしもそうではありません。どの程度タスクシフトが進んでいるか,どの程度休日・夜間の分業体制が進んでいるかは,職場によってかなり異なります。
そのため,初期臨床研修を終えたあと後期研修(3〜5年目)まで連続勤務の可能性も考えているのであれば,むしろ後期研修の時の勤務体制の実態をチェックすべきです。
後期研修の質こそ大事
診療科に Fix した後,とくに最初の3年は仕事が非常に集中しやすく,もっともバーンアウト・過労死が起きやすい時期とされています。
この業界に古くからある構造的な問題で,「教育」という言葉を利用して「下に働かせる」という悪習のために起こることです。
そうした環境の中で潰れてしまわないために,
- 3〜4 年目医師も当直明けにきちんと休めているのか(実態として)
- 休日・夜間は主治医コールではなく当番制になっているか
- 当番持ち回りの頻度は月に何回程度か(8回以上は黄色信号)
などは,必ず当該科の若手医師に確認するようにしましょう。
病棟当直医の有無を確認
特に
は必ず確認しておいた方がよいポイントです。
つまり〈主治医コール〉の閾値の確認をしておいたほうがよい,ということです。これらを簡単に鑑別するポイントは
です。
病棟当直医は,偉大
病棟当直医が常駐している病院であれば,夜間入院中の患者さんに何かあっても,まずは当直医が対応してくれます。
全く予期せぬトラブル+重症,といった特殊なシチュエーションでない限り,主治医が夜間にコールされることはほとんどないでしょう。
完全主治医制は,主治医を疲弊させる
〈夜間もすべて主治医コール〉,いわゆる〈完全主治医制〉という体制の病院には注意が必要です。
これは要するに,休日夜間を問わず 24 時間 365 日,主治医を心身ともに拘束しているということです。
当然,勤務し続ける上でかなり体力を蝕まれます。
特に診療科に Fix して間もない3〜4年目の医師は教育的観点もあり重症例を多く受け持つことが通例ですから,〈完全主治医制〉の病院では夜中も急変で呼び出され続けてバーンアウトしてしまう,といったケースがありえます。
その他の人権問題も確認を
また,〈完全主治医制〉をいまだに基本体制としている病院は,その他の点でも〈医師の人権軽視〉が常態化している可能性があり,注意を要します。
たとえば以下のようなものです(▼)。
- 〈当直明けもそのまま夜まで通常勤務〉が常態化
- 〈深夜に呼び出されても時間外手当なし〉が常態化
- 〈先生はまだ妊娠する予定ないよね?〉がまかり通る
- 〈妊娠中でも当直やるよね?〉がまかり通る
この時代に信じられないことかもしれませんが,全て現実にあることです。少なくとも 2020年現在,私のまわりにはこういう病院が実際にあります(しかも少なくない)。
こうした〈鬼畜の極み〉はマッチング制度を利用して淘汰していくべきであり,医学生の皆さんにおかれましては,ぜひ積極的に受験控えをしていただきたいと思います。
「教育」とは「強制」ではない
もちろんバリバリ働くことが悪いとは言いませんし,時間外勤務が全て悪いわけでもありません。実際,そうした時間にもバリバリ診療を行なってスキルを高めたいという人もいます(私も初期は割とそうでした)。
しかしそれを「教育」と称して押し付けるのは独善的です。そうしたブラックな勤務を「あえて自己研鑽のために行いたい」かどうかは,各々の医師に選択権があるべきです。
そうした選択権を与えることなく一方的に使い潰してバーンアウトさせておいて,「彼はメンタルがね・・」などと吐き捨てる鬼畜病院は淘汰されなければなりません。
これは医師の問題のみならず,医療をうける患者さんたちにとっての問題でもあります。疲弊した医師の低下した判断力のもとで手術や診療を受けたい患者さんは誰一人としていないことでしょう。
医師の疲弊を防ぎバーンアウトを起こさせないということは,医療の質を底上げするためにも重要なことです。
医学生こそ変革のカギ
実は,この業界の就労環境を根っこの部分から変えていく力を持っているのは,医局支配を受けておらず売り手市場である医学生の皆さんだけです。
人事権が縛られておらず外部から就労体制の問題を指摘できる医学生の皆さんは,皆さんが思っている以上に「病院の就労環境に対する影響力」を持っています。
病院がアンケートを行なっている場合などは,そうした問題のあるポイントをどんどん指摘して,職場の勤務体制の是正を促すキッカケを作っていただければと思います。
学生の皆さんが受験控えをしつつ問題点を指摘していくことによって,その病院の勤務体制が見直される機会になる可能性があります。図らずもその病院の若手医師の命を救うことになるかもしれません。
個人的なお願い
というわけで,病院見学で発見した問題のある就労環境については,アンケートにガンガン書いていきましょう。っていうか書いてください。お願いします。
まとめ
- 救急外来の診療の実態
- 職場の雰囲気
- 教育体制
- 院内環境
- 休日・夜間の就労体制
特に後期研修まで連続して考える場合,⑤ は重要です。
完全主治医制 × やりがい搾取主義 × 時間外無賃金……
そんな鬼畜の所業で後期研修医たちを食い潰す病院をのさばらせてはいけません。
ぜひ病院見学の際には,3〜4年目の先生方の勤務実態をよく確認してもらい,問題を感じたらアンケートにバンバン指摘して欲しいと思います。