この記事では,あまり情報が共有されていなさそうな上記のポイントについて,私見をまとめます。
この記事の要旨は,以下の5つにまとめられます。
- どこから見学? ── 募集人数の多い中核病院から順に
- どのくらい見学? ── 受験する病院は試験前に最低 2 回
- 何を比較? ── ER,職場の雰囲気,教育,院内環境,休日・夜間体制
- 他のポイントは? ── 医局支配・専門医資格の取得が可能か
- 医学生側に主導権あり。後悔のない選択を!
医師の最初の就活
医師の最初の就職活動が,初期研修病院選びです。
その後の医師人生に重大な影響を与えるだろうファーストキャリアを決める大切なイベントです。
なぜ初期研修病院は大事なのか?
なぜ初期研修がそんなにも大事なのかと言えば,医師として最初の〈いろは〉── つまり「プライマリケア能力」を初期研修病院で身につけると,その後ずっと体に染みついて離れないから,だと思います。
最初の病院で基本的技能をキッチリ身に付けられれば,おそらく一生モノの基盤スキルとなり,その先どこに転勤しても概ね安泰です。
進路を決めかねている医学生には,「幅広い選択肢を残しつつ基本スキルを無理なく身につけられる研修先」がおすすめです。
色々な病院を見て,後悔のない選択をしたいものですね。
マッチングとは?
さて,この医師の最初の就活は「マッチング制度」というシステムに則って行われます。
端的に言えばこのシステムは,
というものです。
もともとはアメリカから輸入した制度だと聞いています。(日本人の性格に合っているかはともかく)米国発祥らしい,非常に合理的なシステムになっています。
マッチングシステムの功
マッチングシステムの運用開始は 平成 16 年,つまり 2003 年です。
このマッチングシステムが普及するまで,〈初期研修病院選び〉の段階から,医師たちの人事権は〈大学医局〉に握られていました。
権力を持った〈大学医局〉の一存で,医師が少なかったり就労環境が劣悪なところに新人を飛ばして現場をつなぐ,という奴隷商売のようなことがまかり通っていた時代があります。
そうでもしなければ誰も進んで就職しないような,就労環境が無茶苦茶な劣悪病院が多数実在していた時代は,マッチング制度の普及によって一定程度改善したとされています。
各病院に「人材獲得競争」とそのための「就労環境改善努力」を促したという意味で,マッチング制度には大きな功があります。
- |後期研修はまだ改善していない
- なお,残念ながらこうした労働環境の大きな改善が起きたのは初期研修に関してのみです。後期研修(医師 3 年目以降)やその先の〈医局人事〉に関しては,残念ながらまだまだパワハラ的な部分が残っている地域が多いのが実情です(後述)。
マッチングシステムの問題
もちろん,マッチングシステムにも問題点はあります。
それはたとえば,陰で
キミはゼッタイ採用するから,志望順位イチバンに書いてね!
などというメールやら耳打ちやらが横行しても構造上明らかになりにくい,という点です。本来は禁止事項のハズですが……実際にはしばしばあるようです。
もはやモラルの問題だと思いますので,今後の改善を期待したいところです。
選択権は医学生側に大きく委ねられる
ともかく(医局人事とは大きく異なり)就活者側に選択権が大きく与えられているのが,マッチング制度の特徴です。
病院見学の際によほど大きな問題を露呈させて「お祈り」されない限りは,学生側に選べる自由と機会がしっかりと用意されています。
だからこそ,ポイントを抑えて「よりよい選択」をおこなっていただきたいものです。
マッチングに向けた準備
というわけで,本題に入っていきましょう。
「マッチングに向けて」医学生の皆さんは
私見をまとめていきたいと思います。
どこから見学に行くのか?
まずどこから見に行くか。ですが,これは結論から言うと,
と思います(私見)。
目安としては,毎年 10数人〜15人程度以上の研修医を募集しているところが良いでしょう。
それだけの研修医を募集している病院というのは,要するにその地域を支える中核病院である可能性が高いからです。
募集人数が多い病院から行くべき理由
ではなぜそういう大きい病院から見に行くべきかと言うと,理由は3つあります。
1つには,グローバルスタンダードな治療を提供している可能性が高いからです。
2点目は,そうした大病院は診療科が多く,進路の選択肢が多くあるからです。幅広く見聞を深めた上で自分の最終進路(何科の医師になるか?)を決められるというのもメリットの1つです。
最後に3点目は,単純に,同期が多い方が研修生活が楽しいですし,リスクが分散されるからです(少ない同期だと人間関係でこじれたときなど大変です)。
実際いわゆる「人気病院」の多くは「地域の中核病院」になっていると思われます。
逆に毎年研修医が1〜 3 人といった小規模病院だと,上記の3点がすべて逆の状態となります。偏った研修になってしまう可能性も高いため,一定の診療スキルを身につけるのにも強い意志力が求められます。また人の入れ替わりが少ない病院では,知識がアップデートされずにガラパゴス化した10数年前の診療を行っていることもあります。
ハイポな(というより自由度の高い)キャリア選択をしたい,というトレンドもありますが,初期研修の入口であまりに偏った病院でのスタートとなってしまうと,その先の選択肢を縮める可能性があります。
以上を踏まえ,ゴールが「幅広い選択肢を残しつつ無難な研修を行いたい」ということであれば,中核病院から順に見学していくのがよいのではないかと思います。
大学病院は?
なお,この話を突き詰めていくと,永遠の議題である
という話にも通じてきますが,これに関してはなかなか画一的な答えは困難です。大学病院と一口に言っても,診療カバー範囲はバラバラだからです。
「初期研修の間はバランスのよい臨床研修がしたい」というのであれば,1次救急〜3次救急まで幅広く沢山の症例を見れる環境が理想です。
しかし大学病院は,その病院の特色によって,そうした一般救急症例を見ているかどうかかなり差があります。
一般には市中病院の方がバランスの良い初期研修が期待できると思われますが,一部の大学病院はそうした市中病院的機能を持っているところもあり,簡単に二分できません。
いずれにせよ,偏りなくプライマリケア能力を伸ばせる環境であれば問題ないのではないかと思います。
具体的な見学順の例:
総括しますと,
- 募集人数が多い中核病院をまずいくつか見学してみる
- ↑の見学先が合わなければ,徐々に規模の小さい病院にも手を伸ばす
- 目星をつけた(受験を検討したい)病院に絞り,追加で見学をする
というのがオススメの順序です。
どのくらい見学に行くのか?
では,目星をつけた病院には,実際 何回ほど見学を予定したらよいのでしょうか。
これは一説には
とまことしやかに囁かれている……気がします(地域差はありそうです)。
逆を言えばそれ以上は何回行ってもそこまで大きなプラスになるかはわかりません。その病院のキャラクター次第でしょう。
具体的な見学プラン
見学は結構気疲れもするので,あまり詰め込みすぎても大変です。複数回見学するのは,受験する気のある病院だけに絞るのがよいでしょう。
以上を踏まえると
- 1回ずつ病院を回って,受験したい病院を 2〜3 個に絞る(5年生)
- それぞれ2周目を見学(6年生の春)
- 直前に顔見せでもう1回(6年生の夏)
という感じでしょうか。
大学の先輩や,見学先の研修医の先輩に,実際に何回くらい見学に来たか確認してみるとよいかもしれませんね。
おそらく最低2回程度なのではないかと思いますが,地域によって異なる点もありそうです。ぜひ確認してみてください。
病院見学では何を見るべきか?
では,実際に病院見学に伺った場合,見るべきポイントは何があるでしょうか。
これについては,詳細を別の記事でまとめていますので,ぜひそちらもご一読ください(▼)。
|この記事は医学生向けです 初期研修病院選び,いわゆる『マッチング』に向けて医学部5〜6 年生の皆さんが行う病院見学の際,チェックしておくと良いポイントについて共有したいと思います。 病院見学では何を見るのか? 初期研修病院は「そ[…]
記事の内容をまとめると,ポイントは以下となります。
- 救急外来の診療の実態
- 職場の雰囲気
- 教育体制
- 院内環境
- 休日・夜間の就労体制
特に後期研修までの連続研修を希望している場合,⑤の就労体制についてよく情報収集をしておくことをお勧めします。
その他のポイント
なお,その他のポイントとして,受験する病院については
- 各科の医局支配の実態
- 専門医資格を取れる病院なのかどうか
もよく確認しておきましょう。
特に〈後期研修医〉として初期研修後もそのままその病院に残る場合には,
というのは結構大事なポイントです。
医局支配も確認しておこう
医局に属することが必須なのかどうかで,その後のキャリアプランは大きく変わることになります。
医局に属する=人事権を握られる
まず重要なこととして,医局に属するということは,つまり人事権を握られる,ということです。
一定程度の出世ルートを用意してもらえる見返りに,最初の 10 年程度のキャリア選択をほとんど医局の一存に支配されてしまう形になります。
それはつまり,突然なんの前触れもなく「次の4月からあそこに行ってきてね」などと連絡がきて僻地に飛ばされる可能性がある,ということです。
医局に属するメリットもある
もちろん医局支配の全てが悪いわけではありません。
そうした奉公の見返りに,「大学で博士号をとって箔を付ける」というのが従来型の出世ルートの1つであったのは事実です。
また,就職活動を自ら行わずとも簡単に勤務先を斡旋してもらえるという強みもあります。理解ある医局であれば,きちんと家庭環境や志望のヒアリングをしたうえで人権を尊重した人事運用をしてもらえる場合もあると聞きます。
ただ,医局の事情は千差万別,地方によって様々です。
自分が今から入ろうとしている,その病院のその診療科のバックにある医局は,実態としてどうなのか?確認しておいた方が良いでしょう。
医局内生存者バイアスに注意
なお,医局の実態について上級医に尋ねるときは,幅広い情報源から情報収集をすることをお勧めします。
歳を取って医局内でそれなりのポジションを得ることができた医師に尋ねれば
医局はホーム!残ってよかった!大学病院の充実した施設で研究も色々できた!専門医も博士号も取れたし,論文もバンバン書けたよ。とりあえず入っておいてそんなに損することはないよ!😁
といったポジティブな意見をいただけるかもしれませんが,それはその人が医局内で上手く立ち回ったり,成功したりしたからこそ出てくる意見です。
つまり生存者バイアスがかかっています。
現実には,途中で医局をやめたり,強制人事に不満が沸騰している人物もいるはずです。むしろそうした人に意見を聞いた方が,メリットとデメリットをよりよく見積もることができると思います。
妊娠出産を考慮されず不利に扱われた女性医師たちや,パワハラに嫌気がさした医師たちもいるかもしれません。
まずは身近な先輩医師に,当初は入局者が何人いたか,現在何人残っているかといったことを尋ねてみるとよいかもしれません。
専門医取得の条件に注意
また,後期研修(医師 3〜5 年目)まで連続して行う場合,その施設が「指定教育機関」になっているかどうかも併せて確認しておきましょう。
一般に〈専門医〉の資格をとるためには指定された教育医療機関での数年単位の診療実績が必須となります。初期研修病院がその基準を満たした施設であれば,そのまま後期研修を連続的に行うことで一気に専門医資格まで取得できるパターンがあります。
ただし注意すべき点として,そうした中核病院の人事権を特定の〈大学医局〉が握っている場合,「専門医取得には入局が必須」という図式になっていることがあります。
専門医取得要件と施設基準については,医局支配とセットでよく確認しておきましょう。
主導権があるからこそより良い選択を
最後に,心構えとして知っておいていただきたいことを述べます。
よく言われることではありますが,医学生の就活は,非常に「就活者有利」な「売り手市場」です。
これは「医師免許」という絶対的な資格が伴うためでもありますが,どの病院も多かれ少なれ慢性的な人手不足で「定員割れだけは防ぎたい」と思っていることが一因です。
そのため医学生は病院見学に行けばどこでも大抵『大歓迎』で,病院スタッフに美味しいご飯に連れて行ってもらえたりしたものです(*コロナ前)。
しかし,そうした「売り手市場」で「就活者側に主導権がある」のは,長い医師のキャリアの中でもおそらくこれが最初で最後です。特に,最終的に〈入局〉する人にとっては,間違いなくこれが最初で最後です。
ともすると見学先でちやほやされた勢いで就職を決めてしまうこともありうるのが初期研修病院の就活ですが,この現実は忘れずにしっかり認識しておきましょう。
その上で,十分な数の選択肢を吟味し,適切な選択肢を見極め,後悔のない選択していただきたいと思います。
この記事が皆さんの良き選択の一助になれば幸いです。
以上です!
まとめ
- どこから見学? ── 募集人数の多い中核病院から順に
- どのくらい見学? ── 受験する病院は試験前に最低 2 回
- 何を比較? ── ER,職場の雰囲気,教育,院内環境,休日・夜間体制
- 他のポイントは? ── 医局支配・専門医資格の取得が可能か
- |余談:ちなみに筆者は・・
- 私もマッチング世代の人間ですが,実はこの記事に書いた内容のリサーチはほとんど行えていませんでした。情弱だったので…😅。結局「雰囲気が良さそう」「意欲の高いスタッフが多そう」「同期や若手の医師が多そう」「だいたいの診療科がちゃんとしてそう」といったザックリとした基準で選択した覚えがあります。結果オーライで,マッチした病院での初期研修はバランスよく充実していたので,特に後悔はありません。ただ安直に決めすぎた部分はあるので,もう少し情報収集してから選択してもよかったのかなとは思っています。そういう背景もあり,後輩の先生方に役立つ情報を発信したいと考え,この記事を書こうと思い立ったのでした。