2022 年 8 月 2 日,若年層を含む医療従事者 HCWs に対する4回目 ファイザー社ワクチン接種の効果を検討したコホート研究(@イスラエル)が JAMA Network Open 誌に掲載されました。
これまで 60歳以上や介護施設入居者の 4回目接種に関しては感染予防・重症化予防データ[1][2] がありましたが,若年健康 HCWs の 4回目接種に関して具体的な感染予防エビデンスは不十分でした。そのため英米欧のほとんどの国はこの層に対する4回目接種の推奨をしてきませんでした[3](詳細後述)。
[2] – JAMA Intern Med. 2022;182(8):859-867
[3] – 第33回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会 資料1 pg68
実際つい最近まで「抗体価が上がる」といったデータが取り上げられるばかりで,preprint を除き感染予防のエビデンスほぼ未出であったと思います(*)
今回ようやくそれなりの規模の観察研究が査読誌に掲載されたということで早速ナナメ読みしたので,感想メモを残しておきます。
研究の概要まとめ
- 観察研究(コホート)@イスラエル
- オミクロン株流行時,2022年1月〜
- P(対象):イスラエルの医療従事者(平均44歳)|n=29611
- E(曝露):ワクチン4回接種の追加(2022年1月)|n=5331
- C(対照):ワクチン3回接種(2021年8〜9月)|n=24092
- O(評価):SARS-Cov-2 感染(有症状時 or 感染曝露後の鼻咽頭 PCR +)
- 統計学的に有意な感染予防効果を確認(Fig.2)
- 3 回接種群 20%感染 vs 4 回接種群 7%感染 ※粗データ, matchなし
- 相対リスク 0.61(95%CI: 0.54-0.71)※ matched analysis*
- 重症化や死亡は両群ともに0
- 追跡は1ヶ月と短期
- *) matched analysis
- matching は 年齢,性別,職種,医療機関,3回目接種の時期。これらは4回目を打つか打たないかの意思決定に影響を与えやすい因子であり,matching する要素としては妥当と思われます。他の未知交絡の影響は不明です。なお研究参加者の年齢構成は,40歳未満が39%,40-59歳が47%,60歳以上が 14 %でした(60 歳以上は医療従事者でなくても 4回目接種の適応となる点には留意)。
本研究の限界
本研究の Limitation として気になったところは以下の3 点でした。
- 4回目接種は自由選択,実際に選択した人は非常に少ない(18%)
- 3回目接種者が1ヶ月で5人に1人感染する当時の蔓延状況
- 追跡期間の短さ
① 追加接種は自由意志
1点目は,4回目の追加接種が自由意思であったこと(RCTでないこと)です。
実際 4 回目接種をしたのはコホート全体のわずか 18 %(*)でした。40 歳未満では10%と極少数に限られています(Table1)。ここから想定されるのは,4回目接種集団の非代表性(志願者バイアス)です。
おそらく医療者の中でもかなり偏ったサンプルになっており,ワクチン以外の要素(行動歴など)による感染予防効果を含んでいる可能性は高そうです。
また RCT ではないので,行動歴に限らず他の背景因子も当然均等にはなっていません。
ただ年齢,性別,職種,医療機関,3回目接種の時期については matched analysis が施行された上で相対リスク 0.61(95%CI: 0.54-0.71)と算出されています(他の未知交絡の影響は不明)。
② 当時の感染リスク
2点目の limitaiton は,当時のイスラエルの感染リスクです。
ワクチン3回接種済の医療従事者がわずか1ヶ月で 5 人に 1 人(20%)も感染してしまう状況というのは結構な蔓延状態ではないかと思います。
参考までに Our World in Data で確認してみると,人口あたりの感染確認割合は以下のように劇的に増加しているタイミングであったようです(▼)。
日本とイスラエルでは医療体制も全く異なるでしょうから単純比較は困難ですが,相当な蔓延状況と見受けられます。やはり幅広い一般化は困難でしょう(とはいえ日本国内でも地域差が大きいため,局所的には同等レベル以上になってしまっている可能性は懸念されます)。
相対的に感染リスクが低い地域に当てはめようとする場合,予防効果の benefit はこの論文データよりも低く見積もる必要があります。
③ 追跡期間の短さ
3 点目として気になったのは,追跡期間が1ヶ月と短いところです。もう少し長期的なデータ(せめて数ヶ月程度のデータ)が知りたかったと思います。
4回目接種後1週間以内の感染も除外しているため,ある意味「接種後の良いとこ取り」データになっているかもしれません。
いずれにしても,志願者バイアスかつ短期の切り出しという下駄を履いた上で未調整の感染割合 7 % vs 20%(2% vs 20% とかにならない)というのは,成程と言いますか,オミクロン株の免疫逃避を踏まえ個人的に腑に落ちるデータではありました(完全な私見です)。
その他
その他に気になった点は以下の通りです。
日本の状況に当てはめて考える場合,こうした limitation を踏まえ,結果を割り引いて考える必要があります。
本邦はこの論文を織り込み済み
なおこの論文(Cohen et al)は preprintの草稿が4月ごろから medRxiv に掲載されていました。実際,7月の本邦厚労省分科会の審議でも preprint ながら注目され取り上げられていたものです(下図)。
つまり本邦では,このデータが 8月2日に正式にpublish される前(7月時点)から,すでにこの内容を加味した上で意思決定が行われていました。
その上で医療従事者への4回目接種の適応が公的に位置づけられたということです。
他国はほとんど未推奨
しかし実のところ 2022 年 8 月 3 日現在,米国CDC,欧州ECDC/EMA,WHO を含めほとんどの専門家集団が若年健康 HCWs への4回目接種を積極的に推奨していません。
つまり日本は世界の中でもかなり先駆けてこの意思決定を行ったということです(▼)。
Recommended 2 Boosters: (1) Adults ages 50 years and older, (2) Some people ages 12 years and older who are moderately or severely immunocompromised.
── CDCJuly 20, 2022
At the moment, there is no clear evidence to support giving a second booster dose to people below 60 years of age who are not at higher risk of severe disease. Neither is there clear evidence to support giving early second boosters to healthcare workers or those working in long-term care homes unless they are at high risk.
── EMA 11/07/2022
Data to support an additional dose for healthy younger populations are limited; preliminary data suggest that in younger people, the benefit is minimal. Moreover, follow-up time after the additional booster dose was limited, thereby precluding conclusions about duration of protection after this dose.
── WHO17 May 2022
諸外国においては,4回目接種の対象者を重症化リスクの高い者等に限定している。ドイツ・イスラエルでは,医療・介護従事者を 4 回目接種の対象者に含めている
── 厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会 資料1 pg68 2022 年 7 月 22 日
各国がこれまでこの層に4回目を推奨してこなかったことは,現状手元にある材料の乏しさからも妥当だと思います。
実際,当初の武漢株に対して作られた現行ワクチンに対し,オミクロン株の免疫逃避はかなり進んでいます。その中にあってリスクのない若年に 武漢株ワクチンの 4 回目を追加することで「個人が受けられる追加 benefit」は相当小さくなっています(3 回目迄で既に十分 benefit を受けています)。
特に BA.5 はより一層免疫回避性が高く,現行ワクチンの有効性が一段と低くなる見込みであることも示唆されています。
ではなぜ日本は 若年健康者も含む HCWs に対し4回目接種を推奨する方向に舵を切ったのか。それはこの7月から急速な感染急拡大があり,特に「スタッフの感染による現場離脱」や院内感染が医療現場に大きな負荷をかけることが懸念されたからです。
そうした負荷による医療崩壊リスクを少しでも和らげる,という「集団の論理」で医療従事者の 4 回目接種を進めるよう決定された経緯であったようです(資料1 pg74▼)。公益性という点で,こうした意見があることもまた理解できます。
本邦の意思決定根拠は公開されている
個人的には,現時点で上記の厚労省の選択が「絶対正しい」とも「絶体間違っている」とも言うことはできないと思っています。
結果論として「この決定は遅すぎた!もう蔓延してしまっている!どうせやるならもっと早くやって欲しかった」といった意見もあるかと思います。しかし変異株の在り方や流行スピードの先読みは困難ですし,preprintを除き先行データもほぼ未出であったので,なかなか難しかったのではないかと思います(今回の論文も preprint は 4月に出ていましたが,査読誌には 8月2日に掲載されたばかり)。
また逆に「他国が全然推奨していないのに日本ばかり 4回目 HCWs に打たせるのは行き過ぎだろ!」というのも,単純化しすぎな議論です。他国と日本では感染状況・医療体制などが大きく異なるため,やはり絶対的な正解はないでしょう。
- |私見
- なお個人の benefit としては3回接種時点で既に(とくに重症化予防に関して)十分な効果を発揮していると考えられる現状,ワクチンからの免疫逃避性が一段と高まっている BA.5 株に対し,従来型のワクチンを(集団 benefit の推定のみを根拠に)何度も打ち続けることに疑問が上がるのは自然だと思います。医療体制の逼迫に対し「医療者の4回目接種が間に合わなかった」と考えるよりは「全例検査して全数把握」「検査証明がないと仕事も休ませない」といった医療・社会のあり方にこそ目を向けるべきでしょう(私見)。
エビデンス不十分でも意思決定は求められる
今後も感染状況次第で,こうした政策決定は流動的に運用されていくと思います。
エビデンスが少ない段階でも,行政機関や専門家集団はどんどん意思決定を行っていかなければなりません。データが集まった後から見て「あれは正しかった」「あれは正しくなかった」ということはいくらでも可能ですが,限られたデータで意思決定をしなければならないタイミングでは,そうした判断は困難や限界を伴うことを,私たちも知っておく必要があります。
幸いにも本邦ではこうした検証ができるよう,議論の元となったデータはインターネット上で公開してくれています。
今回の「ワクチン4回目接種を医療従事者へ拡充」というアクションに関しても「そんな有効性データあったっけ?」と思って調べてみると,その意思決定における参考資料は上記のごとく公開されているわけです。今回のこの論文データも preprint 段階で加味していたことが分かります。
結論やスピード感など色々な意見はあると思いますが,このオープン性は本当に素晴らしいと思います。
やや辿り着きにくい場所にあるため目を通している人はあまり多くないかもしれませんが,こういう資料にアクセスすることがもっと一般的になったら良いなと思います(厚労省も周知する努力をしてほしいです)。
まとめ
- イスラエル,オミクロン株流行時,2022年1月 〜 観察研究(コホート)
- Pf 社 ワクチン 4 回接種(2022年1月)者は
- ワクチン 3 回接種(2021年8〜9月)のみの人に比べ
- 1ヶ月の感染リスクが低かった(7% vs 20%;aRR 0.61; 0.54-0.71)
Limitation
- 4回目接種は希望制であり,全体の 18% のみ
- 40歳未満では僅か10%,偏ったサンプルの可能性(志願者バイアス)
- 3回接種した医療従事者が1ヶ月程で 1/5 も感染してしまう環境
- 追跡期間は1ヶ月と短く,長期的な効果は不明
- BA.1 流行時のデータ
この論文や他のデータ蓄積を踏まえ,今後各国の推奨はどのように変わっていくのでしょうか。特にこれから出てくるであろうオミクロン株をカバーしたワクチン(2価ワクチン)等との兼ね合いでも,どういうポジションが取られることになるか,非常に気になっています 👀
またこうしたエビデンスを見た上で接種をどうするかについては是非,少しでも多くの方に厚労省のこの資料に目を通して頂き,他ならぬ自らの意思で判断して頂きたいと思います。
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