期待の新薬?レカネマブが抱える7つの現実的問題

※この記事の内容は 2023年8月末日時点のデータを基に記載しています。
※この記事の内容に関し,筆者が開示すべきCOIはありません。

2023 年 8 月,アルツハイマー型認知症の進行抑制薬としてレカネマブ(商品名レケンビ®︎)の薬事承認が決定されました。

この薬は,アルツハイマー病患者の脳内で蓄積するアミロイドβ(以下 Aβ)というゴミ物質(と考えられているもの)を標的にした抗体医薬品です。

巷の報道では「待望の根本治療薬!」など期待を煽るものも散見されますが,残念ながら実際には多くの問題も抱えている薬剤です。公開されている論文を読むかぎり,正直あまり楽観的にはなれません。

特に以下の2点は重大な問題です(▼)。

  • 偽薬と比べ「臨床的に検出できるほどの差」がついていないこと
  • 17.3% 脳出血を起こし14 % 脳浮腫を起こすこと

これらの現実的問題についてリスクコミュニケーションが不十分なまま過剰に期待を煽るのは,不安に思う患者さんや当事者たちに対し真摯でないと思います。

そうしたギャップを埋める一助となることを期待し,この記事ではなるべく分かりやすい形で「レカネマブが抱える諸問題」についてまとめてみたいと思います。

どうしても専門用語が多くなってしまいますが,なるべく平易になるよう注釈を多く加えました。一部の注釈はクリックで展開します。なお主要な参考文献は文末に列記しています。

レカネマブが抱える 7 つの問題

本稿では,レカネマブの抱える現実的問題として以下7つを取り上げます。

  1. 認知症の進行は「止まらない」
  2. 「27%の進行抑制」というより「0.45点分の "先延ばし"」
  3. 重い副作用リスク:6人に1人以上の脳浮腫・脳微小出血
  4. ほとんどの認知症患者は対象外(ごく早期・要特殊検査)
  5. 大きな検査コスト・薬価
  6. いつまで続けるのか?問題
  7. そもそもアミロイドβは本当に「原因」なのか?問題

順に見ていきましょう。

1. 進行を「止める」薬ではない

臨床試験で示されたレカネマブの効果は,以下に集約されます(▼)[1]

レカネマブ第 III 相試験(Clarity-AD)概要
  • 対象:50〜90歳の MCI 〜 軽度アルツハイマー病(*)
    • 発症ごく早期,軽症段階(部分的な物忘れがある程度)
  • 偽薬 vs レカネマブで認知機能スケール CDR-SB (0-18 点)の悪化を比較
  • 偽薬群:CDR-SB が 1.66 点悪化
  • レカネマブ群:CDR-SB が 1.21 点悪化
    • 偽薬との差 -0.45 [95%CI -0.67 to -0.23]
  • 期間:1.5 年
(*)アミロイドPETまたは髄液検査によって,アミロイドβ蓄積病態であることの証明が必須.30点満点の認知症スケール MMSE は 22点〜30点であること(参加者の平均は MMSE 25.5).CDRは 0.5(部分的な物忘れがある程度).

ここから言えることは,端的には以下の通りです。

  • レカネマブ群でも認知機能は "臨床的にわかるレベルで" 悪化(Δ1.21点)
  • レカネマブ群・偽薬群いずれも悪化しているが,ベースラインからの 「悪化度合い」の「差」 が 0.45 点分であった,ということに過ぎない
  • またこれもあくまで 1年半の短期成績.長期に効果維持できるかは不明

患者さんは「効果を実感」しない

まず強調すべきは,この薬は認知症を “治す” わけではないということです。つまり患者さんの生活の質は向上、、しません。 また,認知症の進行を “止める” わけでもありません。あくまで進行抑制です。

表現としては「1年半投与した時点で平均的には 0.45点分の進行を "先送りにできた"」とするのがより適切でしょう。そしてこの“0.45点分の差” の臨床的意義にも注意が必要です(次項)。

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長期的な有効性はまだ不明

長期使用の成績もまだ不明です。この 0.45点分の差がどんどん開き続けるのか(楽観論),どこかで消えてしまうのか,むしろ逆転されてしまう可能性すらあるのか(悲観論)──現時点ではわかりません。あくまで1年半の成績だからです。

少なくとも原著論文の Fig2.A を見ると,12ヶ月程度までは進行の傾きに差がありますが,それ以降の傾きに差はなく,並行に見えます。あまり楽観はできないでしょう。

むしろレカネマブを含む抗 Aβ 薬はすべて脳浮腫・脳出血・脳委縮のリスクが指摘されています(ドナネマブ,アデュカヌマブ etc… 後述)。そして臨床上,MRIで検出される「脳の微小出血病変」は自然退縮しません。蓄積するものです。そのため長期使用ではかえって害が蓄積してしまう可能性も,現時点では否定できません。

2. 進行抑制 27% という数字の本質

  • 「27%進行抑制」はバーチャルな要約
    • 本来は安易にパーセンテージで測れる指標ではない
  • 「個人では CDR 0.5 点分 変わるかどうか」と要約した方が良い
    • レカネマブ群では CDR-SBが 平均 Δ1.21 悪化し,偽薬群より 0.45点分緩やかだったという実数をそのまま解釈すべき
  • CDR は 1〜2 点の差がつくと最低限の臨床的意義がある(=MCID)とされるが[2],偽薬との差の平均 0.45 点はそれに満たない

ここは少々ややこしいので,噛み砕いて説明します。

レカネマブの第 III 相試験では,主要エンドポイントとして「CDR-SB (▼)の悪化度」を偽薬 vs レカネマブで比較したのでした。

CDR-SB(= CDR Sum of Boxes)
  1. 記憶
  2. 見当識(時間・場所の感覚)
  3. 判断力と問題解決
  4. 地域社会的活動
  5. 家庭生活および趣味・関心
  6. 介護状況
上記 6 項目について CDR 0点(健康),CDR 0.5点(疑い),CDR 1点(軽度障害),2点(中等度障害),3点(重度障害)の 5 段階で評価し合算(sum-of-boxes)したもの.

CDR-SB(詳細)は最低 0点 〜18点のスケールですが「疑い」という分類のみ 0.5点であるため,最小 0.5点単位で刻まれます。それ以下の細かい数字の差に解釈可能な意味はありません

重要なのは,CDR における 0点 → 1点 → 2点 それぞれの「間隔」が均等ではないということです(専門用語では離散的な変数であるといいます)。たとえば 「1. 記憶」に関して言えば,以下のような具合です。

  • CDR 0:記憶障害なし
  • CDR 0.5:一貫した軽い物忘れ.できごとを部分的に思い出す良性健忘
  • CDR 1 :中等度記憶障害.特に最近のできごとに関するものを忘れやすく,日常生活に支障
  • CDR 2:重度記憶障害.高度に学習したもののみ保持するが,新しいものはすぐに忘れる
  • CDR 3:重度記憶障害.断片的記憶のみ残存

このような質的指標において 「1点」ずつの差が等しい意味を持たないことは容易に想像できると思います。

「要介護度 0.4 点の差」をどうイメージするか

イメージしやすい類似のスケールとしては「要介護度」が近いでしょうか。

要介護度は 1〜5 のスケールですが,要介護 1→2,要介護 2→3,要介護 3→4 … と 1 点ずつ変わるとき,患者さんの状態が「等間隔」に悪化するわけではありません。

ここでたとえば

新薬群では要介護度の平均が 1→ 2.1 に悪化(Δ1.1)
プラセボ群では要介護度の平均が 1 → 2.5 に悪化(Δ1.5)

という臨床試験の結果があったとして,この「要介護度 0.4 点分の差」はどう解釈したらいいでしょうか。これも単純計算すると「27%の進行抑制」にはなりますが,実際この数字を個人レベルに落とし込んで直観的に解釈することは困難です。要介護度 0.4 はそもそも存在しませんし「要介護 0と要介護1の中間的なところ」というような連続的な解釈もできないからです。あくまで集団の平均値としてイメージすることが重要です。

このケースでは,単純化すると「要介護度が 1→2 になった人」と「要介護度が 1→3 になった人」の主に2パターンがいたと考えられます。「ほとんど前者しかいなかった」場合に「平均的には Δ1.1」という数字になり,後者になった人も半分くらいいると「平均的には Δ1.5」になります。

このような場合には,

ざっくり集団の平均として,進行が多少ゆっくりになることは期待できそう。ただこの投与期間では,その差を個人レベルでイメージできるほどの期待値にはならないんだな

といった解釈に落とし込むのが限界でしょう。

CDR-SB 進行 27%抑制の意味

スケールの幅は違いますが, CDR-SB で レカネマブ群 Δ 1.21 悪化 vs 偽薬群 Δ 1.66 悪化であったことを「27%進行抑制」と主張するのは,上記と同じことをしています。

このとき,本来 CDR-SB が持つ質的な情報を全て削ぎ落として連続変数として扱い,1点ずつの差がすべて均等であるかのように扱っています。本当はそう単純に解釈できるものではありませんが,その限界を踏まえた上で「集団の成績として」27%という数字に要約しているのです。投与を受ける患者さん側が「この薬で自分の病状の進行、、、、、、、、が27%緩やかになる」かのように額面通り受け取るべきではありません。

どうしても個人レベルで効果をイメージしたいのであれば,27%という数字を当てにするのではなく「1年半の使用で CDR-SB 0.5点ぶん緩やかにできるかどうか」(=CDR 6項目のうち1項目で「疑い」が一個生じるかどうか),とスケールの実態に則った解釈をするのが妥当です。

もちろんこのような基本的なことは治験実施者も,製薬会社の広報も,論文読者も,全員が重々承知しています。しかし非専門のかたや特に患者さん・ご家族たちに説明する際,こうした前提知識の提供を省いて単に「27%」と伝えてしまうと,相当ミスリーディングになってしまうでしょう。

統計学的に有意」というのはあくまで数学上の問題であって「実臨床上での意義」とは全く別軸の問題です。重要なのは,私たち一人ひとりが「認知症の治療薬で期待する "有効性" とはなんだろうか?」と立ち止まってよく考えることです。安易に情報を圧縮して生み出された「数字」に踊らされるべきではありません。
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臨床的に有意な最低限の差(MCID)

なお諸説ありますが,CDR-SB は1年間で 1〜2 点の差が付いたら「最低限臨床的に意味のある差」MCID = minimal clinically important differences になるのではないか,と言われています[2]

しかしこの薬は 1年半投与しても偽薬と比べ平均 CDR-SB 0.45点しか先送りにできていません。個人レベルで期待できるとしたら CDR 0.5 点の差が生じるかどうかです。この差こそがこの薬を投与する「益」になるわけですが,その臨床的意義は私たちが個別に考える必要があります。

レカネマブは次項で見るように明確な害のリスクも抱えています。この 「害のリスク」と天秤にかけたとき,本当に投与することで期待される利益はリスクを上回るのか? ということについて,十分な説明と合意が必要です。

|2〜3年の進行抑制?
製薬メーカーは本試験の結果を元にしたシミュレーションで「2〜3年の進行抑制が期待できる」とプレスリリースしています[3]が,この数字はあくまで短期の臨床試験の成績をもとに皮算用を重ねたものであり,実際の長期成績は不明であるため鵜呑みにはできないと思います(実際に2-3年投与した人のデータは集まっておらず,公開もされていません)。

3. 6人に1人以上の脳浮腫・脳出血

レカネマブを投与された人は,以下の明確な害のリスクを被ることになります[1]

レカネマブ投与による有害事象
  • 脳浮腫 (ARIA-E):発生割合 12.5 %(8人に1人);NNH10.
  • 脳出血 (ARIA-H):発生割合 17%(6人に1人);NNH12.
    • 脳出血では死亡も報告あり
  • 上記はレカネマブを含む「抗Aβ薬すべて」に共通の有害事象
    • ARIA 発生後に脳が萎縮し,認知機能に悪影響を与える可能性も [4]
実際の画像はコチラARIA-EARIA-H ※出典:PMC 3693547
|ARIA(アミロイド関連画像異常)
アミロイドβを標的とした抗体医薬を投与した患者でしばしば認める画像異常。自覚症状としては無症候性〜軽症が多い。しかし脳画像上に出血や浮腫が出てしまうことは当然,長期的影響への不安要因となる。Wikipedia
|NNH (number needed to harm)
実際には偽薬群の患者も稀ながら微小脳出血や脳浮腫は起こす。その分を差し引いて算出されるのがNNH .「1人の人間が投薬のせいで余分に、、、害のイベントを被るまでに必要な人数」。脳出血の NNH 10 であれば,10人ごとに1人ずつ「投薬のせいで余分に」脳出血を起こす,ということ。

ARIA は本当に安全か?

ARIA(アミロイド関連画像異常)は,実際には無症候性が多いと言われています。しかし短期的な画像フォローで脳浮腫や脳出血が余分にこれだけ出るとなると,臨床家視点では正直かなり怖いです(画像はコチラ)。

実際 脳出血では死亡例も出ていますし,衝撃的な症例報告もありました。それはレカネマブの治験参加中の人(事前のMRIでは脳微小出血病変なし)が,脳梗塞治療の血栓溶解薬アルテプラーゼを投与されたあと大量脳出血をきたし死亡したという報告です[5](NEJM 2023)。明らかに通常とは異なる脳出血パターンであり,少なからず恐怖を覚えます。〈画像はコチラ

なお先行類似薬のアデュカヌマブ(2023年現在,米国でのみ迅速承認,日・欧は承認見送り状態)ではもっと大変なARIAの発生割合でした(ARIA-E 32.5%,NNH4! 詳細は別記事)。また類似薬のドナネマブも ARIA-E:24.0%,ARIA-H:19.7%とかなりの発症リスクです[6]。それらと比べるとレカネマブの害のリスクは少しマシな数字になってはいます。しかし利益の小ささに見合わないのではないか?という本質的な問題は変わりません。

軽症早期を対象にするからこそ「安全性」が重要

今回の臨床試験はごく軽症段階・早期段階の患者さんを対象にして行われたため「短期的には差が出にくい」というジレンマがあったことは事実です(※本当に効く薬であったとしても軽症初期は差が数字に現れにくい)。

しかし軽症早期の人を対象にするからこそ,リスク管理は本来よりシビアに行われなければなりません。これは予防接種の安全性が治療薬と比べて問題になりやすいのと同じ理屈です。

一見健康で,年齢によっては歳相応ではないかという程度の認知機能(治験参加者 MMSE は平均 25/30)の人たちを「わざわざ連れてきて定期的に点滴させ続ける のです。よほど安全な薬でなければ容認し難いでしょう。

劇的な効果がある(CDR-SB が ほぼ悪化しない程度に抑えられるなど)ならまだしも,レカネマブ群においても 1年半で CDR-SBは 1.21 点しっかり悪化していました。偽薬との差は 0.45 点です。この程度の利益との天秤を考えるなら,ARIAのリスクはせめて今の 10 分の1 程度になってくれなければ,臨床家としては使いづらいと感じます(私見)。
|上市後は害のリスクがさらに上がる
またどの薬にも共通する問題ながら,治験と異なりリアルワールドでは害のリスクがさらに上がる傾向にあるため注意が必要です。これは,リアルワールドでは投薬対象者の選定基準が必ずユルくなるためです(治験は極めて厳格)。定期的モニタリングも必ずユルくなり,リスク管理も治験ほど厳格に行われません。リアルワールドで治験対象者よりも遥かに多くの患者さんに使用されたとき,これらの有害事象がどの程度表在化してくるか注視しなければなりません。

リスク・ベネフィットバランスの悪さ

とにかくいずれのAβ標的薬にも共通していることですが,

  • 期待できる利益は臨床的に明確でない(MCID未満)
  • 害のリスクは第 III 相試験レベルのサンプルサイズですら明確(ARIA)

ということが問題です。加えてARIAが起きると脳萎縮が「偽薬群よりも加速する」可能性まで指摘されています[4]

こうした Risk/benefit バランスの悪さを,臨床現場でどう考えるか?どうコミュニケーションするか?それが問題です。

補足:微小脳出血が蓄積したときのイメージ

from wikimedia commons (CC-BY-SA 3.0 Zach Del Proposto)

Aβが蓄積する病態はアルツハイマー病だけではありません。上図は Aβによって起きた多発微小脳出血の疾患画像(脳アミロイドアンギオパチー)です。ARIA-Hとは,抗体医薬でAβを攻撃することで,こうした出血をいわば人工的に起こすようなものであると言えます。さらに稀ながらAβに関わる自己免疫性脳炎もあります(※ 日本内科学会誌の報告/J-STAGE)。ARIA は本当に「ほとんど無症候性だから安全」なのでしょうか。

4. 軽症早期かつ限られた患者層

続いて,この新薬の良適応となる患者さんは実際かなり少ない,という点を取り上げます。

  • ほとんどの「認知症」患者さんはこの薬の適応にはならない〈重要
  • 進行期症例は対象外(MMSE 22-30点までの早期限定)
  • 検査でアミロイドβ病理の証明が必須
    • アミロイドPETまたは腰椎穿刺による脳脊髄液採集
    • 前者は高額,後者は身体的に高負担
  • 副作用リスクの高い遺伝子型が知られている(ApoEε4)
    • 安全性を重視するなら上記遺伝子検査もほぼ必須(高額)

まず重要な点として,この薬は「進行期の患者さん」を対象にしていません。先述したように「壊れたものを治す薬」ではないからです。あくまで効果は(多少の)進行抑制であって,進行した人を元に戻す効果は示されていません。

この時点で多くの患者さんが対象から外れますが,上記に加えて Aβ病理の証明も必須です。

Aβと無関係の「認知症」には投与できない

認知機能低下を起こす疾患はアルツハイマー病だけではありません。無症候性脳梗塞や無症候性脳出血も蓄積すると認知機能に悪影響を与えます(=脳血管性認知症)。またレビー小体型認知症のように「Aβではない別のタンパクが蓄積している認知症」も,実際には多くあります。もちろん難聴など別要因で二次的に認知機能が低下することもあります。

そして繰り返しになりますが,レカネマブはあくまでAβを標的とする薬剤です。ですから当然,標的となるAβが脳内に全然ない人を対象にするわけにはいきません。適応症例をきちんと選別するため「Aβ病理があることの証明」が求められます。

臨床試験では主にアミロイドPETという高額な検査によってそれを証明していますが,本邦では保険適応外という問題もあります(2023 年 8 月現在)。もしかするとレカネマブ承認にあわせてこちらも保険承認されるかもしれませんが,非常に高価な検査代になることが推察されます(現在自費では20万円程度で施行している施設が多い)。

またアミロイドPETは 脳脊髄液検査でも代用可能とされていますが,これには腰椎穿刺という苦痛を伴う侵襲的処置が必要です。加えて検査手技に際しては医師が(もろもろ込みで)30分以上拘束されるため,人的コストも高いです。「ごく初期〜軽度認知症」の患者さんを対象に行うには臨床的なハードルが高いと言わざるを得ません。

しかしこうした選定プロセスを曖昧にすると,治療標的となるAβと無関係な人たちに投薬してしまいかねません。それでは原理上 “標的となるもの” がないため投薬の効果も期待できず,害のリスクだけ与えることになります。そうしないためにも,これらは基本的に必須の検査と考えるべきです。

安全のためには遺伝子検査も

加えて,副作用によるARIA(脳出血や脳浮腫)のリスクが非常に高くなる遺伝子型も特定されている(ApoEε4)ため,そのキャリアでないことは遺伝子検査で特定しておくことが望ましいと考えられます。

つまりこれらの検査を乗り越えた

  • ごく早期・軽症時点かつ
  • Aβ病理が証明されており(アミロイドPET or 髄液検査)
  • 遺伝子検査で ApoEε4キャリアでないことを確認できた

人だけがレカネマブの良い適応となります。

現在,世間で一般に「認知症」と思われている患者さんのうちほとんどは適応にならないということです。

|出血病変がないことも要件
他にもMRIで過去の微小脳出血が少ないこと(治験には4つ以上あると参加不可であった)や,出血素因がないことなども要件となっています。ARIA-H(脳出血)のリスクを考えると,抗凝固薬や抗血小板薬との併用についても注意が必要でしょう。他にも実際の試験で除外基準となっていた項目には注意が必要です。詳細は:NCT 03887455
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5. 高額なコスト

また,この薬を社会実装するため大きな課題となるのがコストです。

  • 「軽度認知機能低下」という膨大な候補者から適応患者を見極めるため強いられる検査コスト・人的コスト
  • 米国では1人あたり平均で年間 $26500 (385万円)の薬価収載
  • ARIAモニターのため何度もMRIを撮り続けるコストも

膨大な検査コスト

本邦には膨大な数の「日常生活に支障はないが少し物忘れが気になる程度(CDR 0.5)」の人々がいます。そしてこれまではその段階の人々に高額な検査を重ねる必要性はありませんでした。検査結果によってその後の診療方針が大きく変わらなかったからです。

しかしレカネマブなどのAβ抗体医薬品が上市されると,そうしたごく軽症〜前病段階の人々も高コストで複雑な検査フローに乗せなければならなくなります。Aβの有無によってその後の診療プロセスが変わりうるからです。

つまり抗Aβ薬の登場は,認知症診療そのもののプロセスにパラダイムシフトを強いるものになります。「劇的な効果の薬」が登場することでこのような変革が起きるのであれば医療現場としても歓迎できるのでしょうが,実際には上述のようにさほど大きな進行抑制効果は示されていません。むしろARIAのリスクの問題もあり,本当にこれらのコストに見合うのかも疑問です。

薬価の高さも

また薬価の高さも問題です。米国と同様の価格設定であれば年間1人当たり「薬代だけで 385万円」ほどとなります。対象患者さんが増えれば医療費を逼迫しかねません。

ただし,私個人としては「薬価そのもの」の影響が莫大になる恐れはあまりないのではないかと見ています。理由は2点あって,1つは先述したように実際に投与される患者さんの数は多くないと見込まれるからです(適正使用される限りは)。もう1点は,本邦には最終兵器「市場拡大再算定」制度があるからです。もし需要が爆発して膨大な医療費食いになっても,いざとなったら半強制的に薬価を下げさせられるため,単一の薬剤による破壊的ダメージは避けられます(この制度自体は製薬会社やイノベーター泣かせで色々と議論はありますが…

米国と日欧の違い

現在,世界でレカネマブを上市しているのは米国のみです。そしてその米国の医療制度の特徴は,公的負担割合が低いことです。「FDA が承認しても,ある保険会社Aではその投薬をカバーしない」といったことが起きえる特異な国です。

いっぽう日本(や欧州)では,公的医療保険でカバーする割合が高くなります。こういう制度の国で新薬を社会実装する場合,そのままイコール国全体の保険料や税金で受け止めることになります。当然コスト・ベネフィットバランスはよりシビアな要求になります。

アングル:エーザイ共同開発のアルツハイマー薬、欧州で需要に懐疑
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ロイター 2023.6.14
|日本は専門外来受診や検査の閾値が低すぎる問題も
また米国と日本は専門外来にかかるまでのスピード感も違います。米国で専門医にかかろうと思うと半年待ちなどザラですが,日本は現在ほぼフリーアクセスです。「認知症が不安」となったとき大きな医療機関の専門外来にかかることは,本邦においては非常に容易です。ほとんどゲートキーパーはいません。もちろん患者さんにとってはいいシステムなのですが,専門的な外来検査の閾値が低くなりすぎるため,高額な検査費用に歯止めをかける人がいないという医療コスト上の欠点があります。

総合的なコストの高さ

レカネマブ導入に関するコストは以下のように多岐にわたります。単に薬価のみの問題ではありません。

  • 対象患者選定のため外来で行われる種々の「専用検査」コスト
    • MRI・アミロイドPET・髄液検査・ApoEε4遺伝子検査など
  • 薬価そのものの高さ
  • 副作用のモニタリングのために行われる(最低でも2ヶ月に1回程度の)定期 脳MRIコスト

これらを総合的に考えたとき,やはり費用対効果が悪すぎるのではないか?という懸念はあります。

以下は JAMA Intern Med に今年7月オンライン掲載された "Are New Alzheimer Drugs Better Than Older Drugs?"(新しいアルツハイマー病薬は古くからの薬に勝るのか?)という論文の一節です [7]。大変良くまとまった論説ですので,是非皆様もご一読ください。

At present, drugs for Alzheimer disease have unproven clinical benefits and proven harms. Billions of dollars spent on hearing aids, smoking cessation, encouragement of healthy lifestyles, and treatment of hypertension, diabetes, and other modifiable risk factors may benefit patients more than spending on these drugs.
──現在のところアルツハイマー病治療薬は,臨床的な有益性を証明していないが,有害性は証明している。補聴器,禁煙,健康的ライフスタイルの奨励,高血圧,糖尿病,その他の修正可能な危険因子の治療に数十億ドルをかけた方が,これらの薬剤に費やすよりも患者のためになるだろう。

6. いつまで続けるのか問題

次は,私たちの社会の価値観について考えさせられる問題です。

  • 臨床試験の参加基準は
    • 50〜90歳(!)
    • MMSE 22-30,CDR 0.5(部分的な物忘れがある程度)
    • という日常生活自立した人たち。
  • 上記は50代なら確かに病的だが,80代の場合は本当に「病気」なのか
  • いつまで先送りを続けるのか

どこからが病気か

80代 の CDR 0.5点(軽い物忘れ)は「生理的な加齢性変化」をかなり含みます。その様な方々を対象にする以上,レカネマブの潜在対象者は膨大です。その中から適切な対象者を絞り込むため,先述のような多数の検査が必要になるのでした。

しかしそもそも「80代の軽い物忘れ」は,どの程度「病的」なものなのでしょうか。特に 80代後半になろうという人たちに “多少の物忘れ” があることは(脳内に多少のAβ病理があるとしても)それほど許容しがたいことでしょうか。検査漬けにされたあげく脳出血や脳浮腫のリスクに怯えながら点滴を続けなければならないほど「深刻な病気」なのでしょうか。

高齢になれば必然的に生じうる「物忘れ」という現象について,どこまでを病的と捉えどこまでを許容するか。これは社会の価値観・不寛容といった問題にも通じる問題です。

もし今後,認知機能の低下を完全にストップさせる薬剤が出現し,ARIA のようなリスクも皆無であれば,その時は本格的に社会の価値観がシフトする新時代になると思います。「加齢そのものが病気であり,それを治す」という SF のような時代もいずれは来るのかもしれません。

しかし今のところレカネマブをはじめとするAβ抗体薬は,少しの「先延ばし」をできるだけに過ぎません。その治療に,そのための検査に,現役世代の所得から天引きされた貴重な財源をどこまで投下するか。その費用対効果についてはよく考える必要があるでしょう。

7. そもそもアミロイドβは原因か

最後に考えたいのは,そもそも「Aβを標的とすること」自体の是非です。

  • Aβ を標的にした抗体医薬は数多くあるが,軒並み無益で治験撤退
  • これらはアミロイドPET画像は改善させたが認知機能の維持はできなかった
    • アデュカヌマブ,クレネズマブ,バピヌズマブ,ソラネズマブ,ガンテネルマブ etc…
  • そのような反例が続くなか「Aβ原因仮説」に拘泥することは健全か?

アミロイド原因仮説

Aβが認知症の原因なのか,それとも「何か別の要因があって脳内のゴミ(=Aβ)を除去できなくなり蓄積した結果を見ているだけ」なのかは,実は結論がついていません。

しかし少なくともこの物質は,認知症発症前の段階からすでに蓄積し始めていることが知られています。そこで本当に「Aβ原因仮説」が正しいのなら,まだ蓄積量が少ない早期のうちからこのゴミを除去し続ければ,認知機能の悪化を抑制できるのではないか?──これがAβ標的治療薬の開発コンセプトです。

「アミロイドは減らしたが認知機能は…」

実際,レカネマブの前にも多数の薬剤が開発されました。しかし実はそれらの薬剤は,これまで軒並み「偽薬との差をつけられずに撤退」してきた経緯があります(▼)。

重要な点は,上記の全ての薬剤がアミロイドPETなど画像検査上で「Aβの量」を減らすことには成功しているということです。にもかかわらず,認知機能を改善させたり維持したりすることには失敗しているのです。つまり「検査数値はよくなるが患者はよくならない」という状況です。

そこから考えれば,

蓄積したAβを一生懸命 "掃除"したところで意味がないのではないか?

という発想になるのが自然ではないでしょうか。「Aβ原因仮説」に固執することはむしろ奇妙にすら思えます。

合わせて読みたい

この記事は 2021 年 6 月時点のデータを元に作成したものです 2021 年 6 月 7 日,FDAによってアデュカヌマブという新しい「アミロイドβプラーク減少薬、、、、、、、、、、、、、」が承認(※条件付きの迅速承認)されました。 […]

「統計学的に有意」より「臨床的な有意さ」を

レカネマブ [1] やドナネマブ [6] は非常に早期の患者を組み入れたり,十分なサンプルサイズを用意して検出力 power を高めることで, "統計的には有意" な結果を生み出すことに成功しました。

しかし先述したように「臨床的な意味がある程度に効く」(CDR-SB 1〜2点の差がつく)ことは証明できていません。1700人以上ものサンプルサイズでようやく検出できるレベルの小さな差(CDR-SB 0.45)をなんとか掬い上げただけの状態です。

こうした経緯については,FDAが「CDR-SBにおいて臨床的に意味ある最小限の差(MCID)の要求基準を明示していないこと」にも一因があるとされ,以前から問題視されています。以下は Lancet Psychiatry 2021 に掲載された痛烈な揶揄の一節です。[8]

without MCIDs, sponsors are motivated to power trials to detect statistical significance for only small and potentially inconsequential effects on clinical outcomes
──(FDAによって)臨床的に意味のある最小限の差(MCID)の基準が明示されなければ,スポンサーは臨床上のアウトカムに対し取るに足らない小さな影響を統計学的有意に検出するため試験の power(検出力)を高める動機がある

レカネマブやドナネマブにとっても,耳の痛い批判ではないでしょうか。

合わせて読みたい

この記事では,RCT を読む時の必須知識の1つ, 〈検出力分析〉パワー分析;power analysis について解説します。 最初に本項のまとめを示します(▼) パワー分析に関するポイントまとめ パワー分析 ──〈統計学的[…]

まとめ

まとめ

以上です。

本稿で紹介したレカネマブのポイントについてまとめると,以下のようになります。

レカネマブが抱える現実的問題
  • 効果は1年半でCDR-SB 0.45 点ぶん進行を「緩やかにする」のみ
    • CDR-SB における臨床的に有意な最低限の差 は 1〜2 点/年 とされる
  • 明確な ARIA の有害性:第 III 相試験で 17%に脳出血,13%に脳浮腫,抗血栓薬使用中の脳出血死亡.脳萎縮が進行する恐れも.
  • コスト:膨大な候補者から適切な対象者を見極めるための検査コストに加え,安全性モニターのための頻回MRIを要する.薬価も高い.

加えて本稿では以下の2点についても言及しました。

  • 80代の軽い物忘れを今後「病気」として扱っていくことの社会的意味
  • そもそも Aβ 原因仮説に拘泥することは健全か?

あとは現場に委ねられるのみ

記事の趣旨もあり否定的コメントが多くなってしまいましたが,筆者はこの薬の全てを否定しているわけではありません。たとえば 50代〜60代前半など若年発症のアルツハイマー病患者さんが “リスクを重々踏まえた上ですがる対象” として抗Aβ薬が市場に出ることの意義は一定程度あると思っています(unmet medical needs への一手として)。

また第 III 相試験で主要アウトカムでの有意差を(数字上は)達成している以上,承認申請が通るのはある程度想定されたことです。

私がこの記事で強調したかった点は,扱うにしても相当慎重なリスクコミュニケーションが必要だということです。そして無闇やたらと80代の「軽い物忘れ」まで対象にするとマズいのではないか,ということです。

いずれにせよ薬事承認が決定されたからには,その適正利用は現場に委ねられるばかりです。この記事が皆様の情報整理にとって一助になれば嬉しい限りです。

今後もこの薬が医療現場にどのような影響を与えていくのか……末端医師ながら注視していきたいと思います👀

参考文献

  1. van Dyck, Christopher H et al. “Lecanemab in Early Alzheimer’s Disease.” The New England journal of medicine vol. 388,1 (2023): 9-21. doi:10.1056/NEJMoa2212948, PMID36449413
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  2. Andrews, J Scott et al. “Disease severity and minimal clinically important differences in clinical outcome assessments for Alzheimer’s disease clinical trials.” Alzheimer’s & dementia (New York, N. Y.) vol. 5 354-363. 2 Aug. 2019, doi:10.1016/j.trci.2019.06.005, PMID 314179572
  3. Tahami Monfared AA, Ye W, Sardesai A, et al. A Path to Improved Alzheimer’s Care: Simulating Long-Term Health Outcomes of Lecanemab in Early Alzheimer’s Disease from the CLARITY AD Trial. Neurol Ther. 2023;12(3):863-881. doi:10.1007/s40120-023-00473-w, PMID 37009976
  4. Alves F, Kalinowski P, Ayton S. Accelerated Brain Volume Loss Caused by Anti-β-Amyloid Drugs: A Systematic Review and Meta-analysis. Neurology. 2023;100(20):e2114-e2124. PMID: 369730442
  5. Reish NJ, Jamshidi P, Stamm B, et al. Multiple Cerebral Hemorrhages in a Patient Receiving Lecanemab and Treated with t-PA for Stroke. N Engl J Med. 2023;388(5):478-479. PMID: 36599061
  6. Sims JR et al. Donanemab in Early Symptomatic Alzheimer Disease: The TRAILBLAZER-ALZ 2 Randomized Clinical Trial. JAMA. 2023;330(6):512-527. PMID: 374591412
  7. Molchan S et al. Are New Alzheimer Drugs Better Than Older Drugs? JAMA Intern Med. Published online July 2023. DOI, PMID: 37523164
  8. Liu KY et al. The need to show minimum clinically important differences in Alzheimer’s disease trials. Lancet Psychiatry. 2021;8(11):1013-1016. DOI, PMID:34087114

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