【解説】エキスパートオピニオンが信頼できない3つの理由

エキスパートに裏切られた猫

クロ

今日はみんな大好き,エキスパートオピニオン(笑)の話をするぞ。

ミケ

出端から圧が強いって……
有用なこともあるんだよ?

最初にまとめ 〜本項の内容〜

エキスパート・オピニオンの注意事項

  • エキスパートオピニオンは,エビデンスとしては最弱。
  • あくまで〈経験〉に基づいた〈未検証仮説〉の段階で,再現性は不明。
  • ポジショントークをしているだけかもしれない。
  • そもそも〈真の専門家〉ではないかもしれない。
エキスパート・オピニオンの有用性

  • データのない領域については参考になる。
  • 全てのエビデンスの始まりは〈専門家の経験則〉である。
  • ホンモノの専門家による〈レビュー論文〉は,初学者の学習に大変有用。

エキスパートオピニオンは,信用できない?

エキスパートオピニオン Expert Opinionとは,そのまんまの意味です。

「専門家の意見」です。

エビデンスピラミッドにおける立ち位置は,以下の通り。

エビデンスピラミッド-専門家の意見

「人」を対象とする研究の中で,エビデンスレベルとしては最低ランクの立ち位置となっています。

仮にも「専門家」が言っていることなのに,なぜこんなにも低い立ち位置になってしまうのでしょうか?

その理由はシンプルで,以下の論理に帰結します。

エキスパートオピニオンの限界

  1. 客観性が乏しい(データの不足)
  2. スポンサーからバイアスを受けている可能性がある
  3. そもそもエキスパートとは言えない人物かもしれない

順に詳しくみていきましょう!

信用できない理由①:客観的データの不足

よく見て

「●●大学の△△先生によると……」

色々な広告や,宣伝,テレビ番組で見かけますよね。

その後,その専門家がそれっぽいことを言うかもしれませんが,もしそこで具体的な数字を出したデータを出してこなかった場合には気を付けましょう。

都合のいい話に騙されてしまわないためにも,

あっ…ちゃんとした客観的データが出せないのかな?☺️

と邪推する必要があるかもしれません。

─ ads ─

客観的なデータとは何か

「データがある」のであれば,本来は以下のように切り出すべきです。

●●大学が中心になって,XX万人を調査した観察研究の結果によると…

30歳台の成人男性 XX人に対して,
Aを行った場合とBを行った場合の結果を比較検討した試験があります。その結果では…

これが「客観的データ」というものです。

こうしたデータを出さないということは,「出せるようなデータがない」のでは?と思われても仕方がありません。

本当に「その道を代表する専門家」であれば,自説の根拠となるデータには相当なこだわりがあるはずです。

そうしたエビデンスはいくらでも提示できるはずですし,
そのデータで言えることの限界についても言及できるはずです。

本当の専門家なら「ただしこのデータは海外の少人数を対象にした研究なので日本人に一般化できるかはわかりません」「あくまで動物実験レベルの話です」「RCTではないんですけどね」といった補足は,絶対に可能です。

論拠なき意見は無価値

TVメディアなどに出演した「専門家」の先生がそうした論拠を出してこないときには,

  1. 示せるような大した客観的データがないか
  2. データは示せるが,何か事情があって ✂︎カット✂︎ されたか

といった理由が考えられます。

いずにれせよ,バイアスを大きく含んだ情報であることには違いありません。

その時点で 鵜呑みすべき情報ではない かもしれません。

ほとんどは ① の理由だと思われますが,もしかしたら ② で「スポンサーの不利益になりかねない」「番組的に面白くない」といった理由かもしれません(後述)。

ファクトとオピニオン

例えばいかにも怪しげなテレビ番組の特集で,XX 大学の先生が

緑黄色野菜にに含まれるβカロテンは体に良いですよ。
血液をサラサラにするというデータがあります。
ですから,βカロテンサプリを摂れば,発癌率も下がる可能性があります。

(※なんの根拠もない言説なのでここではあくまで一例として捉えてください)

と言っている状況を想定してみましょう。

どこかで聞いたことのあるセリフです。

上記の様な言説をさらっと聞き流してしまうと,ファクトとオピニオンがごちゃ混ぜになっていることに気付かず受け入れてしまいそうですが,そこがまず1つの罠です。

その上,提示しているエビデンス自体も「データがある」と述べるに留まっており,どの程度の「データ」なのか,その信頼性も全く不明です。

さらにこの場面では,「発癌率も下がる」という点に関して特にこれという根拠も示していません。

「緑黄色野菜を多く摂ること」と「βカロテンをサプリで摂ること」は栄養学的にも全く同一ではありませんから,仮に本当に「緑黄色野菜を摂れば寿命が伸びる」という確固たるデータがあったとしても,「βカロテンをサプリで摂れば寿命が伸びる」ということは言えないはずです。

つまり,

緑黄色野菜にに含まれるβカロテンは体に良いですよ。血液をサラサラにするというデータがあります。

までは事実〈ファクト〉だとしても,

βカロテンサプリを摂れば発癌率も減るかもしれませんね

という部分に関しては完全に個人的な意見〈オピニオン〉なのです。

じゃあ数字を出していれば信用できるのか,と言うとそうとも限りませんが,少なくとも何らか「大多数の人間を対象にして実際に示されたデータ」が伴っているかどうかで,その専門家の意見の信用性はガラリと変わります。

それが言えないということは,本格的に「論拠がないのでは?」と疑わざるを得ません。

結局上記をまとめると,以下 2つの問題がある,ということです。

  1. ファクトとオピニオンの境目が曖昧になっている
  2. 論拠のデータの信頼性が不明

経験はウソをつく

いやいや,そうは言っても「専門家」です。

たとえその場でパッと提示できるデータがないのだとしても,寿命が伸びるだの癌の発生率が減るだのと のたまうからには,その背景にはたくさんの〈経験〉があるかもしれません。

たとえばその専門家は,

緑黄色野菜をたくさん摂っている自分の身の周りの人は癌になりにくかった

緑黄色野菜を沢山摂らせた実験室のマウスは,癌になりにくかった

といったエピソードを基にして「β-カロテンが癌予防に効く」発言をしたのかもしれません。

むしろ専門家の発言にはそうした豊富な〈経験〉の裏付けが期待されるからこそ,その辺のおじさんがビール片手に「βカロテンは効くらしいぞ!」などと言うよりも,信憑性が高い意見として扱われるわけです。

一般のただの意見〈just a opinion〉よりも,専門家の意見 〈expert opinion〉が重視される理由はその〈経験〉あってこそのものだと言えます。

しかしいずれにせよ,統計学的に検定したものでないのであれば,その様な専門家の〈経験〉が,「偶然のもの」に過ぎなかった可能性は否定できないのです。

上手くいったケースだけが印象に残ってしまっている,という〈思い出しバイアス〉の影響も否定できません。

「経験はウソをつく」というわけです。

その意見は「客観的」か?

そもそも意見というものは,定義上どうしても主観のバイアスを含むものです。

一方で,「科学的」ということは「客観的で再現性が高い」ということです。

結局,たとえ専門家であっても「ただの意見」のみでは客観性が低く,信用に足るエビデンスとは言えないのです。

確たるデータが添えられていないのであれば,それはただの〈意見〉
ファクトとオピニオンは分離しましょう

コラム:β-カロテンの発癌性

ミケ

ちなみにβカロテンのサプリは
むしろ男性喫煙者で肺がんの発癌率を高めることが
29000 人規模の大規模二重盲検 RCT(pubmed)で示されているわ…

クロ

当初は発癌率が下がるだろうと期待されて組まれた RCT だったのに,真逆の結論になったから,一時期物議を醸していた論文だな

シロ

なんだか色々考えさせられるね…

クロ

ちなみにβカロテンのサプリは今でも市販されているし Amazon でも買えるが,特に喫煙者にはオススメできないな!
注意すべき点として,「野菜を食べること」それ自体は,実際健康に対する良い影響を示唆するデータが山ほどあるということです。「野菜を食べること」と「βカロテンのサプリを摂ること」は人体への影響が全く異なるわけです。成分信仰の落とし穴ですね。

信用できない理由②:ポジショントークかもしれない

企業と専門家の握手

エキスパートオピニオンが信頼できない第二の理由は,そのエキスパートが「何のためにその発言をしているのか?」ということを考えると,ごく自然に浮かんでくる疑念です。

つまり,

その専門家は,特定企業から資金援助を受けているかもしれない

ということです。

蔓延る ポジショントークおじさん

たとえばあるサプリメントや薬剤の有効性を TV で宣伝すれば,その製薬会社の売り上げが非常に高くなる可能性があります。

つまり,それを見越して製薬会社は「こういう発言をしてください」と “お願い” している可能性があるのです。

いわゆるポジショントークですね。

「専門家」はその肩書を用いて自らの発言に〈権威付け〉ができますので,それを上手く使えば商品のマーケティングも容易です。

実際,心理学分野でも〈権威付け〉は人の意思決定に対して非常に大きな影響を与えることが知られています。

単に「専門家の意見」とは言っても,

その情報を発信する目的は何か?

と疑ってかかる様にしましょう。

余談ですが,人の意思決定に大きな影響を与える心理的バイアスなどについて明快にまとめた書籍「影響力の武器」は名著オブ名著ですので,ぜひ読んでみてください。

影響力の武器|なぜ人は動かされるのか


私たちが日頃意識することなく自動的に承諾「させられてしまう」6つの条件 ──〈返報性〉〈コミットメントと一貫性〉〈社会的証明〉〈好意〉〈権威〉〈希少性〉── これらがいかに頻繁にセールスで用いられているか,そしてそこからどう身を守ればいいのかについて詳説した超ド級ベストセラーです。
全セールスマンと,全消費者,つまり全人類必読の名著。
自分が最初に聴いたオーディオブックはこれでした。感慨深い。

利益相反 COI

なお,こうした利害関係の構図を一言で表した専門用語として〈利益相反 COI〉があります。

利益相反(conflict of interest:COI)とは

外部との経済的な利益関係等によって,
公的研究で必要とされる「公正かつ適正な判断」が損なわれる,
又は損なわれるのではないかと第三者から懸念が表明されかねない事態

───厚生労働科学研究における利益相反[Conflict of Interest:COI]の管理に関する指針

のことです。

原則的に学会発表や研究論文などでは COI の開示が義務付けられていますが,テレビ番組などの媒体でいちいち COI を開示する「専門家」はいません。

明確に「開示すべきCOIはありません」と述べられていない以上,「COI はあるだろうから眉唾だろうな」という心持ちで情報を受け取るべきです。

TVなど でやたらと何かを絶賛する専門家がいた場合,資金源バイアスを受けている可能性を考慮すべき,ということです。

TV 出演する「専門家」もテロップで COI 表示を義務付けたら面白いのではと思います。神妙な面持ちで「これは画期的です!」などと発言している時に,画面下テロップで ──XX社から献金を受けています── と表示するとか… シュールで笑っちゃいそうですね。政治家やコメンテーターも全部リアルタイムで COI 開示しながら報道したら,それだけで高度なエンタメになりそうです😏

メディア側の報道バイアスも?

一方,仮にその「専門家」自身が公正であったとしても,発信媒体,つまりそのメディアの方がきちんと公正に報道していない場合もあり得ます。

テレビ番組にも新聞にも,必ずスポンサーがいます。

メディアはその経営構造上,どうしてもバックのスポンサーにとって不都合なことが報道できません。逆に,バックのスポンサーにとって好都合なことばかりを積極的に報道している可能性があります。

「報道バイアス」ですね。

そう考えると,テレビ番組に招待されて発言しているその「専門家」は,本当に公正な意見を発信することができているでしょうか?

仮にそのエキスパートが妥当なことを言っていても,メディアの編集者が「切り貼り」をすることで,スポンサーにとって都合の悪い情報は ✂︎ カット ✂︎ されているかもしれません。

極端な例を言えば,「脳卒中を減らす!」という特集番組で,招待された専門家が

脳卒中予防には食生活や運動習慣も重要ですけど,そんなことより禁煙してください。それだけで劇的なリスク低減効果が見込めます。さらに,喫煙者は肺癌などの発症率も高めるため,そうした健康被害に対する最終的な医療費の支出を考えると,全面的に禁煙を進めた方が国の経済的にも好影響だと思います。

と言ったとします。

しかしその番組のスポンサーがタバコ関連商品を扱う業者だったら,きっと その番組で報道される内容は

脳卒中予防には食生活や運動習慣も重要です

までで終わってしまうかもしれません。

「そんなことより禁煙して下さい」以降は全て ✂︎ カット ✂︎ されてしまうことでしょう(※偏見です)。これも一種の報道バイアスと言えます。

ポジショントークなのかどうかを判断する1つの基準として,

異なる立場の意見を公平に紹介しているか?

確認してみると良いかもしれません。

ビジネス書も〈エキスパートオピニオン〉

なお,少し話は変わりますが,突き詰めればビジネス書なども全て〈エキスパートオピニオン〉の類であると言えます。

有用な情報が眠っていることが多いのも事実ですが,個人的な体験談や,数人程度の成功パターンを紹介している様な書籍も多く見受けられます。

著者がどういう人物なのか,論拠としてどの程度のデータを引用しているか,などを見ながらそうした文章と向き合うことが望ましいと考えられます。

信用できない理由③ そもそも〈真の専門家〉じゃない可能性

エセ専門家

エキスパート・オピニオンが信頼できない理由の最後は,元も子もないことですが……

いや,この人,その領域は別にそんな専門ではないですよね…?

というような人が,メディアで「専門家」としてそれらしい、、、、、発言をしていることがある,と言うことです。

何となく権威付けできそうな「どこどこ大学の教授」などを引っ張ってきて,それっぽい意見を言ってもらうのは,マスメディアの常套手段です。

実は見抜くのが難しい「エセ専門家」

ここで結構深刻な問題なのが,

その “専門家” は,本当に “専門家” なのか?

その分野で功績を収めている第一線の “専門家” なのか?

という問いに対してすぐ答えることができるのは,その領域で実際に仕事をしている人 ── つまり〈プロ〉── だけである,ということです。

逆に門外漢にとっては,その「専門家」が「リアルガチの専門家」なのか「テレビ番組の雇われ専門家」なのか,直ちに判断できません。

一口に「専門家」と言っても,該当分野の第一線でバリバリ活動している人物もいれば,テレビ番組や新聞記事でしか見かけないような人物もいる,といいます。

そして言うまでもなく,後者の発言内容には注意が必要です。

先述した〈ポジション・トーク〉が行われているかもしれません。

テレビ番組で見かけた “専門家” がどの程度の専門家なのかは,ネットでその人物の過去の研究内容を調べてみると良いかもしれません。

ホンモノはあまり TV に出てこない?

ここから先は筆者の偏見でしかありませんのでそのつもりで読んでいただきたいのですが,そもそも “ホンモノ” で “公正”な「専門家」や科学者は

自分の発言を不適切に切り貼りされたくない

という人が多いのではないのでしょうか。

その点で基本的にテレビ等とは反りが合わない人が多いのではないかなと思います。

そもそも “ホンモノ” は

そんなに暇じゃないのでは?

という話もあります。少なくとも「しょっちゅうテレビで見かける」なんてことはないハズです。

さらに言えば,今時そうした「第一線のホンモノの専門家」は自分のネームバリューを使ってfacebook でも twitter でも youtube でも個人ブログでも,意見をそのまま発信できるはずです。

それらであれば,不適切な切り貼りの被害を被るリスクも低いことでしょう。

結局,個人が情報発信できる現代においてわざわざテレビに出演する理由は,ほとんどが金銭的メリットによるものになっているのかもしれません。

もちろん「インターネットで情報収集をしない層に広く訴える」と言う強い目的意識があって出演する「専門家」もいるとは思いますが,特定の状況下に限られることでしょう。
「本当にエキスパート?」というのは意外と大きな落とし穴である

── ということです。

コラム:もはや何も信頼できない?

シロ

これ言い始めたら,ホントにもう何も信用できないね……

クロ

そうだぞ。この世界で向こう側から歩いてやってくるような「容易に手に入る情報」は,基本的に誰かにとって都合の良いバイアスを含んだ情報だろうな!

ミケ

「ホントにそうなの?」と思ったら自分で一次情報にアクセスするしかないんだよね。

クロ

逆にそう開き直って情報に接するようなれば,気持ちが楽になるぞ。またバイアスだらけの情報が流れてるな〜とな

シロ

こわい世界だ・・

エキスパートオピニオンが有用な場面もある

さて,ここまで悪い側面ばかりに着目してしまいましたが,実際エキスパートオピニオンが有用な場面というものはあります。

それは一言で言えば,「そもそもマトモなデータがない時」です。

そうした場面では,エキスパートの豊富な〈経験〉に頼るしかありません。

以下では実際に,エキスパートオピニオンが有用な場面について見ていきましょう。

なお,以降の大前提として,その「専門家」はちゃんとした「専門家」である,ということが自明の場合を想定ください。
エキスパートオピニオンが有用な場面

  1. 先行データが乏しいとき
  2. 正解が複数あるとき
  3. 今あるデータをうまく〈総説〉してくれるとき

有用① 先行データが乏しいとき

悩む医師

先行データが乏しい時というのは,当然,質の高いエビデンスなど存在しません。

誰も大規模な研究を行ったことがないので,要するに

本当に(母集団でも) “効果” がある介入なのか?

という答え合わせがほとんどできていない状態です。

結局 それぞれの現場でプロたちが試行錯誤をしながら経験を積んでいくしかない段階,と言えます。

データがないなら試行錯誤するしかない

その試行錯誤の中で,「うまく行った!」「うまく行かなかった!」という多数の〈経験則〉を基に,専門家は自分たちの中で「一定の成功パターン」を作り上げていくことになります。

この時点では,その〈成功パターン〉にどの程度の一般化可能性があるかは分かりません。これは,あくまでも〈仮説〉あるいは〈意見〉の段階です。

思い出しバイアスや,因果関係と相関関係の混同,多くの交絡因子など,様々な問題がある段階であり,エビデンスとしての価値は低くなってしまいます。

しかし,その〈仮説〉が本当に正しい,あるいは「一般化可能性が高い」という証明ができれば,エビデンスとしての価値はどんどん上がっていきます。

もちろん逆パターンもあります。現場の肌感覚では「効果」のありそうだったものが,きちんと〈検証〉してみると「偽薬の投与」となんら変わらなかった,といったことはよくあります。

そうした〈仮説の検証〉のために,よりバイアスリスクが低い手法で検討する ── その手段の1つが ランダム化比較試験 RCT なのでした。

エビデンス・ピラミッドの本当の意味

つまり〈ランダム化比較試験〉の前には必ず〈専門家の経験〉があるわけで,この2つは本来対立する構造ではありません。

まず最初に〈専門家の経験〉がある

そして

その〈経験〉の一般化可能性が RCT 等で検証されれば,良質なエビデンスとなる

という順番に進んでいく,ということです。

エビデンス・ピラミッドとは単に階層的なものではなく,下から順番に一生懸命積み上げていくものなのです(▼)。

エビデンスピラミッド

規模によりますが ⑤ と ⑥ は概ね同程度のエビデンスレベルです。いずれも〈現場のプロの成功体験〉というイメージで,まだ一般化可能性について検証されていません。〈体験談〉みたいなものです。

エビデンスが積み上げられる前の段階の分野については,現時点での最高レベルのエビデンスが〈専門家の経験談〉しかない,ということは大いにありうる状況です。

医学分野ではしばしば重視される

その様に「先行データが十分に集まっていない」という状況における〈エキスパート・オピニオン〉は,医学界でも大きなインパクトを持っています。

医学分野では,ランダム化比較試験での検証が盛んとなっているとは言え,まだまだ十分検証されていない〈仮説〉はたくさんあります。

言うなれば医学界におけるランダム化比較試験は,〈現場の医師たちの成功体験を公式化する試み〉なわけですが,特にまれな疾患や症状への対応,治療法の細かい調整などについては,全く検証が追いついていない状態です。

どうしても十分なサンプルサイズを集められないため,適切な規模の RCT が組めず〈有意差〉を出せない,という構造的な問題もあります。

結局,〈症例報告〉や〈症例シリーズ報告〉レベルのエビデンスしかない時,医師たちは今ある先例を参考にしつつ手探りで臨床を行うしかありません。

その時,その分野で第一線を走って多くの経験を積んだ医師の〈エキスパートオピニオン〉は,後輩医師にとって非常に頼りになる道標となります。

たとえ少ない症例数であったとしても

「治療やサポートはどんなことを心がけたか」
「実際生活指導は何に気を付けたらいいか」
「予後を踏まえた注意点」
「良質な前向きエビデンスはないけど,△△の理由で,”こうしている”といった対応」

などについて示してもらえると,臨床家としては非常に安心するものです。

豊富な経験から適切なアドバイスをもらえるのであれば,それほどありがたい〈エキスパートオピニオン〉はありません。

有用② 正解が複数あるとき

意思決定

他にもエキスパートオピニオンが頼りになる状況はあり得ます。

それは「正解」となりうる選択肢が複数あり,その中でどれを選択するか迷ってしまう様な場面です。

広義には,先述した「先行するデータがない」ケースに含まれます

第1選択治療の選択肢が複数ある時

医学の世界では「ファーストラインの治療」の選択肢が複数あるといった状況はしばしば経験されます。

たとえば,

とある〈疾患 X〉に対する〈治療法 α〉と〈治療法 β〉がそれぞれ有効であることは知られているが,どちらが better なのかを直接比較した試験はない

という様なシチュエーションです。

この時〈治療 α〉と〈治療 β〉はいずれもある意味では「正解」となりえますが,目の前のただ1人の患者さんにとって本当の意味でどちらが better なのか,臨床医は頭を悩ませることになります。

そんな時,

そういう状態なら,僕は 治療 β の方を選択する様にしているよ。なぜなら●●ということが言われているからね(=少数例報告や後ろ向き研究などを提示)。前向きの十分なエビデンスではないけど,実際そういうチョイスで暫くやってきて,割とうまく行っている印象があるよ。

── などと〈疾患 X〉の診療経験が 1000 回くらいある医師(=エキスパート)が言っていたら,とても参考になりますよね。

もちろん,繰り返しになりますが,この様な言説はあくまで〈経験則〉であり,良質なエビデンスであるとは言えません。いろいろなバイアスを孕んでいるリスクがあります。

しかし実際に〈治療 α〉と〈治療 β〉を直接比較した RCT が存在しないのであれば,その先はどう考えたって明確な答えなど存在しません。

また,仮にRCT が行われていたとしても,その RCT に含まれている様な対象者と目の前の患者さんが全く違う背景因子を持っていたら,そのデータも使えません。

臨床の現場は,確立されたエビデンスのあることばかりではありません。

その様に 答えのない世界で途方に暮れるとき,〈エキスパート・オピニオン〉は1つの光明となるのです。

ちなみに,完全に医師向けの話ですが …… 一例として,「膠原病診療ノート」をご紹介したいと思います。本書は〈症例シリーズ報告〉や筆者の経験による〈エキスパートオピニオン〉もたくさん含む書籍ですが,診療経験が少ない一般内科医師が膠原病疾患を診療する上では大変参考になる名著です。「こういうときはどうしたら良いの?!」という現場で実際に困る「臨床の疑問」に対して,まだエビデンスの確立されていないことであってもゴリゴリのエキスパートである筆者がバッサリと「自分はこう考える」と道筋を示してくれます(もちろんエビデンスが確立された部分も同様に根拠論文を示してくれます)。臨床の現場は,エビデンスがある事ばかりではありません。だからこそ,膠原病診療に長年従事した筆者が,臨床的疑問に対しどっしりと1つ1つ回答を提示してくれる本書は,名著・オブ・名著です。

膠原病診療ノート 第4版|三森明夫


圧倒的エキスパートが,圧倒的なエビデンスと共に送る名著。非専門医こそ必携。

有用③ 今あるデータを上手く〈総説〉してくれるとき

データをまとめる専門家

〈専門家の意見〉が有用な場面の3つ目,最後です。

それは,専門家が「うまくデータをまとめて教えてくれる時」です。

この情報過多の時代において,その分野における専門家が「現在わかっていること」を小綺麗にまとめて伝えてくれたら,それってすごくタメになりますよね。

そうした記事は,初学者が情報を整理するために非常に役立ちます。

初めからある程度,サウンドとノイズを分離してくれているからです。

言うなれば専門家とは,その分野におけるプロのキュレーターになってくれるというわけです。

わかりやすいレビュー論文を書いてくれる

エキスパートが〈その人独自の基準〉で複数の研究結果を集め,そこから自分の意見を述べる,と言った記述研究のことを〈ナラティブレビュー Narrative review〉と呼びます。

逆に「一定の基準」で系統的に先行研究をまとめ,それらを統合して一定の結論を出すものを,〈システマティックレビュー Systematic review〉と呼びます。

最近結果が報告された最新の RCT や大規模なコホート研究など,良質のエビデンスを掻い摘んで紹介しながら,

こういうデータが集まってきたから,今ならこういうことが言えるかも知れないね

次はこういう研究が期待されるね

などと示してくれるのが〈ナラティブレビュー〉です。

要するに,学術界における「まとめ記事」ですね。

実際はあえて〈ナラティブレビュー〉と呼ばず,単に〈レビュー〉や〈総説〉等と呼ぶことも多いです。

レビュー論文の有用性

こうした記事は,特に初学者にとって非常に勉強になるものですし,その業界人にとっても知識のおさらいとして有用です。

本文中にあるエビデンスの紹介部分を見るだけでも重要な知識がアップデートされますし,それらのエビデンスを踏まえて「第一線の専門家はどう考えているか」という〈エキスパート・オピニオン〉の部分も大変参考になります。

基本的に一流紙に載せられる様な〈レビュー記事〉というものは,業界から真に認められた専門家や専門委員会が全身全霊をかけてまとめたものであることが多いです。

“ホンモノ” のエキスパートが,先行するエビデンスと組み合わせながら自らの経験に則って〈意見〉を言うとき,その〈エキスパートオピニオン〉は,やはり大変示唆に富んだものになっていることが多いと感じます。

確固たるエビデンス + それを踏まえたエキスパートオピニオン= 🙏最強🙏 

ということですね。

もちろん,その専門家のCOI には気を付けましょう。

まとめ

まとめ猫

エキスパート・オピニオンの注意事項

  • エキスパートオピニオンは,エビデンスとしては最弱。
  • あくまで〈経験〉に基づいた〈未検証仮説〉の段階で,再現性は不明。
  • ポジショントークをしているだけかもしれない。
  • そもそも〈真の専門家〉ではないかもしれない。
エキスパート・オピニオンの有用性

  • データのない領域については参考になる。
  • 全てのエビデンスの始まりは〈専門家の経験則〉である。
  • ホンモノの専門家による〈レビュー論文〉は,初学者の学習に大変有用。

有用性もありながら,時には大きなバイアスになりうる〈エキスパート・オピニオン〉。

適切な距離感で付き合っていけるようになりたいものですね。

[おすすめ本紹介]

User’s Guides to the Medical Literature


EBMを学ぶにあたり 1 冊だけ選ぶとしたら間違いなくコレ,という一冊です。著者 Gordon Guyatt 先生は「EBM」という言葉を作った張本人。かなり網羅性が高く分厚い本ですが,気軽に持ち歩ける Kindle 版はオススメです。邦訳版もあります。

医学文献ユーザーズガイド 第3版


表紙が全然違いますが「User’s Guides to the Medical Literature (JAMA)」の邦訳版です。一生言い続けますが,EBMと言えばこの1冊です。唯一の欠点は,Kindle版がないこと(英語版はある)と,和訳が気になる部分が結構あること。2つでした。原著とセットで手に入れると最強の気分を味わえます。

─ ads ─
>医療統計の解説チャンネル

医療統計の解説チャンネル

スキマ時間で「まるきりゼロから」医療統計の基本事項を解説していく Youtube チャンネルを 2 人で共同運営しています。

CTR IMG