この記事は 2021 年 6 月時点のデータを元に作成したものです 2021 年 6 月 7 日,FDAによってアデュカヌマブという新しい「アミロイドβプラーク減少薬、、、、、、、、、、、、、」が承認(※条件付きの迅速承認)されました。 […]
上記記事でアデュカヌマブ迅速承認の問題については一通り述べましたので,この記事は完全な余談,おまけです。
実は アデュカヌマブはもとから承認が決まっていて, 迅速承認まですべて予定調和だったのかもしれない ── そんな漫談です。
経緯は不明ですが,FDA はもとからアデュカヌマブ承認に相当「前のめり」だったのかもしれません。
FDAは元から前のめりだった?
実は,2020 年 11 月の 諮問委員会で 11人中10人から「反対」を突きつけられる前,FDAのウェブサイト上にはかなり肯定的な文書がアップされていました。
その文書でFDAは,
治験の結果は「明白なものであり,説得力がある」
としていたのでした。
しかも,承認審査担当者は,11 人の外部諮問委員会から肯定的な意見を引き出すべく,相当バイアスを盛り込んだ質問リストを作成していました(後述)。
「含み」を感じる質問リスト
FDAの公式ウェブサイトからアクセス可能でしたので,実際に承認審査担当者が外部諮問委員会への質問リスト(採決リスト)として用意した文面を確認してみました。
採決(vote)のための質問文は4つ用意されていましたが,いずれもなかなかの文面です。
採決1
Does Study 302, viewed independently and without regard for Study 301, provide strong evidence that supports the effectiveness of aducanumab for the treatment of Alzheimer’s disease?
YES/NO/UNCERTAIN
┗━▶︎ 外部諮問委員会の採決:Yes 1名,No 8名,Uncertain 2 名。
- |EMERGE,ENGAGE
- EMERGE,ENGAGEはいずれも第 III 相試験。いずれも中間解析(無益性解析)で有意差が出ない見込みとなったため途中で撤退しているが,後付け解析で EMERGE 試験のみ CDR 進行抑制の統計的有意差を示した(ただしその差は 0.4 点に過ぎず,CDR の最小の刻みが 0.5 点であることからわかるように,臨床的には有意な差を示したと言い難い)。
採決2
Does Study 103 provide supportive evidence of the effectiveness of aducanumab for the treatment of Alzheimer’s disease?
YES/NO/UNCERTAIN
┗━▶︎ 採決:Yes 0 名,No 7 名,Uncertain 4 名。
- |PRIME 試験
- PRIME 試験は,EMERGE・ENGAGE がデザインされる前に行われた第 I 相試験。Nature 2016 に掲載された。
採決3
Has the Applicant presented strong evidence of a pharmacodynamic effect on Alzheimer’s disease pathophysiology?
YES/NO/UNCERTAIN
┗━▶︎ 採決:Yes 5 名,No 0 名,Uncertain 6 名。
採決4
In light of the understanding provided by the exploratory analyses of Study 301 and Study 302, along with the results of Study 103 and evidence of a pharmacodynamic effect on Alzheimer’s disease pathophysiology, is it reasonable to consider Study 302 as primary evidence of effectiveness of aducanumab for the treatment of Alzheimer’s disease? YES/NO/UNCERTAIN
┗━▶︎ 採決:Yes 0 名,No 10 名,Uncertain 1 名
冷静な外部諮問委員会
上記の回答を見ていただければわかるように,諮問委の専門家たちはあくまで客観的で冷静でした。
外部諮問委は 11 人中 10 人が,承認に反対したのでした。
ここまで明確に偏ることは珍しいのではないかと思いますが,それだけ通常のプロセスとは乖離しすぎた申請手続きであったということかもしれません。
そもそも,2つの第 III 相試験のうち何とか有意差をひねり出した 302 試験(EMERGE)の結果ばかりに着目させる誘導的な設問は普通ではありません。それ以前に,EMERGE も ENGAGE も途中撤退治験です。
さらに,何度も強調される 103 試験(PRIME)ですが,これは 第 I 相試験に過ぎません。そのような初期の研究結果を殊更強調してくるような質問文もおよそ理性的とは思えません。
以下,バイオジェンのプレスリリースより抜粋
CAMBRIDGE, Mass. and TOKYO, Nov. 06, 2020 (GLOBE NEWSWIRE)
Today, the U.S. Food and Drug Administration (FDA) Peripheral and Central Nervous System Drugs Advisory Committee voted 1 yes, 8 no and 2 uncertain on the question, “Does Study 302 (EMERGE), viewed independently and without regard for Study 301 (ENGAGE), provide strong evidence that supports the effectiveness of aducanumab for the treatment of Alzheimer’s disease?”.
The Advisory Committee also voted 0 yes, 7 no and 4 uncertain on the question, “Does Study 103 (PRIME) provide supportive evidence of the effectiveness of aducanumab for the treatment of Alzheimer’s disease?”, and 5 yes, 0 no and 6 uncertain on the question, “Has the Applicant presented strong evidence of a pharmacodynamic effect of aducanumab on Alzheimer’s disease pathophysiology?”. Finally, the Advisory Committee voted 0 yes, 10 no and 1 uncertain on the question, “In light of the understanding provided by the exploratory analyses of Study 301 and Study 302, along with the results of Study 103 and evidence of a pharmacodynamic effect on Alzheimer’s disease pathophysiology, it is reasonable to consider Study 302 as primary evidence of effectiveness of aducanumab for the treatment of Alzheimer’s disease?”
結局この後,FDA の承認判断は紆余曲折を経て 2021 年 6 月 まで延期となりました。
最終的には迅速承認へ
その後の経緯は,周知の通りです。
アデュカヌマブは 2021年6月,条件付きで〈迅速承認〉を受けました。
主要評価項目である「CDR-SB の進行鈍化」については〈後付け解析〉でも1勝1敗(*)であるにもかかわらず,「アミロイドPET所見が改善すること」という代用エンドポイントは 2 試験とも達成したことを重視されたのでした。
- |(*) 統計的に有意でも臨床的には…
- また,統計的に有意な効果を示した「EMERGE 試験」の最もよい部分にだけ着目しても,CDR は1年半で 0.4 点悪化がゆるやかになったのみです。CDR は最小の刻みが 0.5 点,基本は 1点刻みのスケールです。後付け解析であることには目を瞑ったとしても,これでは臨床的に有意と言えるか疑問です。
全ては予定調和だった?
結局,上記の含みがありすぎる質問リストを見ると,FDA のなかでは最初から「承認すること」がほぼ決まっていたのかもしれません。
理由はわかりませんが…なにか政治的な側面もあったのでしょうか。
諮問委の根強い反対
なお,ほとんど「力技」とも言える様な今回の迅速承認に対しては,批判の声もあります。
とくに 外部諮問委の反対は根強く,3人が抗議のために辞任するほどの騒ぎになっており,かなり異様な状況です。
そのうちの1人,ハーバード大学医学部のアーロン教授は
“This might be the worst approval decision that the F.D.A. has made that I can remember” ── 「私の知る限り最悪の薬事承認かもしれない」
とまで言い,6年の諮問委としてのキャリアに終止符を打った様です。
2021年6月12日(日経新聞)
The drug, Aduhelm, a monthly infusion priced at $56,000 per year, was approved this week despite weak evidence that it helps patients.
New York Times, Updated June 22, 2021
この記事は 2021 年 6 月時点のデータを元に作成したものです [sitecard subtitle=前回の内容 url=/med/aducanumab/] 前回の記事で「アミロイドβ削減薬」として米国 FDA に「条件付き早期承認[…]
バイオ株投資は難しい?
なお私の周囲では
(さすがに承認されるハズがないから)承認直前の時期に株を空売りしとけばボロ儲けできるんじゃないの?!
などと言う人もいましたが,誰もそれを実行しなくて本当に良かったと思います。
一撃で大破産 になっていたでしょうから‥
客観的データの吟味に精通している人は,むしろバイオ株投資には向いていないのかもしれません。
現実を知る「業界人の中での扱い」と,暴騰する某社の株価の間には,大きなテンションの乖離を感じます。
以上,余談でした。