イベルメクチンはなぜ〈緊急承認〉されないか?|検証的試験の重要性

当ブログではこれまで,医薬品リテラシーの教材として度々イベルメクチンについて取り上げてきました。

この記事では「なぜイベルメクチンは緊急承認されないのか?」といった素朴な疑問に対して,改めて注釈を交えながら,なるべく平易に解説してみたいと思います。

この記事のまとめ

  • どんな薬でも,効果と害のバランスを見極めるため,検証的 RCT が必須
  • イベルメクチンでは検証的 RCT が十分に行われていない
  • 検証的 RCT をしたら「かえって害」と判明した経験的治療は少なくない
  • 同じ轍を踏まないため〈緊急承認〉ではなく〈迅速な検証〉を行える仕組みづくりが求められる

イベルメクチンの総括

前回までの記事で,イベルメクチンに関して錯綜する情報を,1次情報2次情報3〜4次情報に分けて概説してきました。

イベルメクチンは,新型コロナに効く(かも)

──そうした仮説を〈提唱、、〉できる段階まできているのは事実です。

しかしその仮説を〈検証、、〉したといえる良質な試験は,2021 年 9 月時点,ほとんどない。それが現在の状況なのでした。

※ 実際には数件ありますが,いずれも単独ではプラセボに対して有意差を示せていません。また,いずれもデザイン上,大きな制限があります。詳細は別記事

とにかく,現時点では

イベルメクチンの有効性は極めて不確実

というのが業界のコンセンサスです。

そもそも良質な検証的 RCT がほとんどないため,議論の俎上にすら上がれていない状態です。

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2通りの反応

上記のような現状を踏まえ,よくある反応が以下の2通りです。

相反する2つの意見

  1. 「効くとも効かないとも分からない」以上,良質なデータ(検証的 RCT)が集まるのを待つしかない。
  2. 「効く可能性」があるなら,とりあえず「使える」ようにしてしまえばいいじゃないか。

もちろん,科学的妥当性だけを考えるのであれば,①の立場が正しいと言えます。

実際,大多数の医師・専門家の立場はこちらに分類されますし,プロ集団もそういうポジションをとっています。

一方,② の立場──つまり「効くかもしれない薬剤」なら何でも試してみたい,その選択の自由は尊重されるべきだ!という論理にも一理あるように見えます。

ここが議論を紛糾させている1つのポイントだと考えられます。

「効くかもしれない」は言ってよい

事実イベルメクチンは,小さな規模の研究では「有効性がある」という仮説が何度も提唱、、されています。

「効くかもしれない、、、、、、」と主張することは十分可能ですし,「かもしれない」まで否定できるような良質なエビデンスもまた存在しません。

しかし医学界は,あくまで良質な RCT による「検証」にこだわっており,治験以外で処方されるべきではない,ということになっています。

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|効かない証明もされていない
一部で誤解されている印象もありますが,「効かない」ということもまた証明されていません。あくまで「現時点で risk と benefit どちらが上回るか不明」ということです。今後十分規模の検証的 RCT が施行され,結果が公表されれば「効くか効かないか」結論が大きく傾く可能性はあります。ただ難しいのは,いかに大規模試験で効果が示されなくても「**な患者さんに絞れば効いた可能性が〜」といった主張は際限なく可能だということです。「試験デザインが悪くて差を検出できなかっただけ(=βエラーの可能性)」と主張し続けることは,永久に可能です。そもそも,統計的にβエラーをゼロにすることはできません。「効かない証明」は悪魔の証明であり実質的に不可能です。ただ,大規模試験でも検出できないレベルの〈差〉であれば,臨床的に有意な効果はほとんど期待できなさそうだ──と確率的に推論することは可能です。
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上記の背景知識を解説

本稿では,こうしたプロ集団の考え方の背景にある知識についてまとめてみたいと思います。

本稿のテーマ

  1. なぜ検証的試験がそんなにも重要なのか?
  2. 緊急承認は何が危ないのか?

初めに結論を述べてしまうと,以下のようになります(▼)。

  • 検証的 RCT が重要な理由:利益と害のバランスを最低限見極めるため
  • 緊急承認が危険な理由:利益と害のバランスが不明な化学物質をバラまくことになるから

では具体的に見ていきましょう!

※ 具体的なケーススタディの方がイメージしやすいためイベルメクチンを例に取り上げながら話を進めますが,内容は総論的なものとなります。イベルメクチン個別の内容については,別途まとめ記事をご参照いただければ幸いです。

検証的データは何故重要か

まず,プロ集団がなんども繰り返し発信している検証的試験データの不足という問題について考えてみます。

そもそも,検証的データは何故それほど重視されているのでしょうか。

──それは,端的に言えば

リスクと利益の天秤をなるべく正確に見積もるため

に他なりません。

薬剤の持つ二面性

ここで重要になるのが,薬剤には必ず二面性があるという問題です。

つまり〈効果〉の裏には〈副作用〉があるわけです。ステロイド,アスピリン,スタチン,メトホルミン,インスリン……どんなに素晴らしい薬であっても,この二面性を持っています。

そうした化学物質が「毒」ではなく「薬」であるためには,〈効果の期待値〉が〈副作用リスク〉を確実に、、、上回っていなければなりません。

たとえば,どんなに「効く」抗がん剤で「腫瘍を小さくする」効果があったとしても,強烈な細胞毒性で「かえって寿命を縮めてしまう」のでは意味がないわけです。

risk/benefitの見積もり

検証的、、、 RCT〉が施行されるのは,こうした risk/benefit のバランスをより高い精度で見積もるためです。

「完全な新薬」であっても「既存薬の新しい効能・効果の追加」であっても,このプロセスは同じです。

そして原則的には,以下のように厳密なプロセスを踏んだ〈ランダム化比較試験 RCT〉だけが,検証的、、、なものとして扱われます。

検証的なランダム化比較試験

  1. 検証仮説を「ただ1つ」設定(効果はプラセボと差があるか?等)
  2. 採用する統計手法も含め,研究プロトコルをあらかじめ開示
  3. 必要十分なサンプルサイズを計算(検出力分析 power analysis
  4. 公的データベースにそれらを事前公開
  5. 参加者をリクルート
  6. データを集め「本当に"差"があるか?」1回のみ(*) 仮説検定を行う
(*) もし複数回の仮説検定を行うのであれば,多重検定の補正が必要。

こうした慎重な手続きが重視されるのは,研究者や製薬会社にとって都合の良いデータを鵜呑みにしないためです。

バイアスを含む情報源を元にしてしまうと,公衆衛生上大きな間違いとなる意思決定をさせられかねません。

その後の大きな影響を考えれば,薬剤の〈新規承認〉にあたって慎重に慎重を重ねるのは,ごく当然のことです。

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この記事では,医薬品に関するリテラシーとして必須知識である「仮説検証」と「仮説探索/提唱」の違いについて解説します。「統計的に有意」は等価ではない医学研究には多くの種類がありますが,ほとんどの研究で最終的に〈統計的に有意[…]

|検証という言葉の意味
検証的、、、とは要するに同じ RCT であっても,エラーやバイアスのリスクが高いものは含まない,ということです。(詳細別頁)。〈*例〉極小規模なもの,事前プロトコル開示のないもの,事前の症例数計算が行われていないもの,盲検化が不十分なもの,etc..

過去の手痛い間違い

とはいえ,医学会がこれほど新薬の適応に対し慎重を期するようになってきたのは,実はここ20年程度のことです。

その間,「経験則などから皆が行っていた治療法」を,大規模な RCT で改めて〈検証〉するという動きが活発になってきました。

しかし,そうしてみたら 「実は有害なことをしていたと明らかになった」 例が少なくなったのです。

  • 心筋梗塞後の不整脈が多いのは有名だから,良かれと思って抗不整脈薬を投与していた → 大規模 RCT でむしろ死亡リスクを上げると判明 /NEJM1991 [PMID:1900101]
  • 過去のメタ解析を参考に,外傷性脳挫傷にステロイドが有効と考え投与していた → 大規模 RCT でむしろ死亡リスクを上げると判明 /Lancet 2004 [PMID:15474134]

つまり,「経験的な治療」が多くの無駄な投薬・無駄な死亡を生んできたことが明らかになってしまった

こうしたことの深い反省から,医学会は新薬の適応に益々慎重になってきたのです。

|がん予防のβカロテン内服も…
野菜を食べると発癌しにくそうという疫学データがある → βカロテンをサプリで補充する大規模 RCT を組んだら,むしろ肺がん罹患が増えた/NEJM 1994 [PMID: 8127329]

メカニズムはエビデンスではない

上記のようなケースで最も重要な教訓となったのは

メカニズムとエビデンスは違う

ということでした。

メカニズムは机上仮説に過ぎない

それらしい「メカニズム」はいくらでも提唱することができます。

実際,心筋梗塞後に不整脈が起きやすいことは有名です。それを抑えるため抗不整脈薬を投与する,という「病態生理・メカニズム」に沿った診療は一見,合理的に思えます。

── しかし良質な RCT で検証してみたら,むしろ心血管死亡を増やしていたわけです。

同様に,脳挫傷で壊れてしまった脳神経細胞に炎症が起こりさらなる悪化をきたすからステロイドでそれを防ごう,という「メカニズム」もそれらしく聞こえます。

── しかし良質な RCT で検証してみたら,実際には死亡リスクを増やしていたわけです。

このように,病態生理学的・分子生物学的な「メカニズム」や,それに基づく医師の経験的治療には限界があります。

結局いかに大仰な「メカニズム」を唱えたところでそれは「そういう説」に過ぎない,ということです。

人体への本当の影響は,最終的にはブラックボックスです。本当に仮説通りに効能を発揮するかどうかは,全く分かりません。

ヒトを対象にする科学では,

仮説ベースではなく事実ベース・結果ベースで話すこと

が求められます。

他の適応疾患で「良い薬」なら安全とは限らない

重要な点は,上記の例でかえって死亡を増やしていた 抗不整脈薬も,ステロイドも,それ単体は本来「良い薬」であるということです。

しかしそれは「適切な使い所」で「適切な用法・用量」だからこそのものであって,そのいずれが欠けてしまっても,害が上回りかねない ── それがこの数十年間,医学界が数々の手痛い失敗から学習してきたことです。

「適切かどうかわからない使い所」や「適切かどうかわからない用法・用量」では,患者さんに良いことをしているのか,かえって害を為しているのか分かりません。

メカニズムがそれらしくても,少数例で効果がありそうに見えても,本当のところはわからないのです。大規模な検証的試験でしっかり効果を見積もってみたら,トータルではむしろ害をきたしているかもしれません。

上述した不整脈薬やステロイドの問題は,その生々しい実例であったと言えます。

そして この問題はイベルメクチンも決して他人事ではありません。

イベルメクチンは本当に「安全」か

寄生虫治療として「よい薬」とされるイベルメクチンにも,有害事象はあります。

女性は妊孕性の懸念(動物実験では催奇形性報告)がありますし,薬剤性肝障害の頻度も低くありません。寄生虫に用いる比較的安全性の高い用法・用量であっても,国内治験で 8 % の人に肝障害などの採血異常を認めたことが添付文書に明記されています。

そして現在イベルメクチンの治験で用いられている用法・用量は,これを上回るものです。

さらに,イベルメクチンは数ヶ月〜1年と長期的連用をする想定をされた薬剤ではありません。COVID-19 の予防目的にそうした内服の仕方をした場合,安全性はデータが少なく,どのような有害事象があるか不明です。

基本的に有害事象は用量依存的に増えるため,投与量や投与期間が増えれば増えるほど,上記のようなリスクはより高くなることでしょう。

こうしたリスクが利益の期待値に見合わないのであれば,勝ち目の薄いギャンブルをおこなうことと同義です。場合によっては,一生懸命「毒を飲んでいるだけ」ということになりかねません。

※)そもそも COVID-19 に対するイベルメクチンの適応は,適切な用法・用量もわかっていません。多くの RCT では,寄生虫治療の用量よりも多く投与するレジメンとなっています。

他疾患で安全だから大丈夫とは言えない

イベルメクチンは,疥癬や寄生虫に対しては、、、、、、、、、、、非常に「良い薬」です。

「benefit >>> risk」であることが十分に〈検証〉されており,今更疑う余地はありません。世界的にも十分コンセンサスが得られています。

しかし「だから COVID-19 に対しても同様に安全である」とは全く言えません。

「心筋梗塞後の抗不整脈薬」や「頭部外傷後のステロイド」が無効どころかむしろ有害であったのと同様に,かえって転帰を悪化させる可能性は否定できません。

検証的なデータが重要なのは,そうした risk/benefit バランスを最低限* 見積もることができるからです。

だからこそプロ集団は,検証的試験による「見積もり」を待ちましょう,と言っているわけです。

※)繰り返しになりますが,サンプルサイズが小さいもの(数十例規模)やバイアスリスクの高いデザインの場合,たとえ RCT であっても検証的な研究とはみなされません。
*補足|第 III 相試験はあくまで最低限
検証的 RCT(第 III 相試験)はあくまで最低限のプロセスです。第 III 相試験レベルでは,長期的安全性や,稀で重篤な有害事象は検出できません。どのような新薬も,害の報告が蓄積され始めるのは〈承認〉の後からです。そのため臨床家の間では「新薬は5年寝かせろ」という格言もあるほどです。むしろ第 III 相試験レベルでも害が多数出て益を上回るようなものは,薬とはみなせない「アブない物質」です。通常は承認されません。そうしたレベルのスクリーニングを行うのが第 III 相試験の役割だと言えます。

〈緊急承認〉の危険性

しかしそうは言っても,やはり

「効く可能性」があるなら,とりあえず「使える」ようにしてしまえばいいじゃないか!飲むのも飲まないのも患者の自由だ!

という主張はありえますし,確かにそう言うこともできるかもしれません。

さらに,

今は有事なのだから,平時と同じような薬剤承認プロセスではダメだ!

だとか

「効くかもしれない、、、、、、」薬にアクセスできないまま重症化・死亡してしまう人が出るのは倫理的に問題だ!

というような主張も実際に見聞きします。

しかし,そのような言説が無数にある中でも,イベルメクチンに対していわゆる〈条件付き早期承認〉──第 III 相試験による十分な〈検証〉を伴わない薬事承認──は,これまで行われていません。

これにはもちろん,理由があります。

|緊急承認のパターン
なお厳密には緊急承認という言葉は存在しません。本邦における迅速承認制度は,主に〈特例承認〉〈先駆け審査指定〉〈条件付き早期承認〉の3つがあります。検証的 RCT(第 III 相試験)を行わずに承認してしまう制度は,これらのうち〈条件付き早期承認〉が該当します。詳細は別頁

緊急承認こそ倫理的問題を孕む

あまり知られていないことですが,実は〈検証ナシで行う早期承認〉の方が,いわゆる〈治験〉などよりも遥かに深い倫理的問題を孕んでいるのです。

なぜならそれは,いきなり大規模な人体実験を行うことと同義 だからです。

しかもその人体実験においては,

  • 診療経過がモニターされない
  • 比較対象が存在しない
  • アウトカムも検証されない

──という状態になります。

検証的データがないということの意味

繰り返しになりますが,検証的データがないということはつまり,リスクと利益のバランスが不透明だということです。

そのように「効く・効かないが不確実な化学物質」を生身のヒトに投与する,という行為は,人体実験以外の何者でもありません。

それをコントロールされた状況下で,慎重に,頻回なモニタリングをしながら継続するのが,いわゆる治験/臨床試験です。

その中で「集団における益と害のバランス」を慎重に見極め,最低限,適切なサイズの集団で益が害を上回ると判定されれば〈承認〉される ── それが本来の薬剤承認プロセスなのでした。

※)治験参加者は,ささいな風邪や怪我,ちょっとした予定外受診であっても全て「有害事象(AE)」としてモニタリングされ計上されます。もちろん入院や死亡は「重篤な有害事象(SAE)」として確実にチェックされます。

膨大な規模の人体実験になる

そうした検証的 RCT──臨床試験(第 III 相試験)──を経ずに〈承認〉された薬剤は,「良いか悪いか分からない化学物質」であるままに,際限なき無数の人々へと投与されてしまいます。

その人体実験、、、、の被験者の数は,第 III 相試験で集められる数百人〜数千人など吹けば飛んでしまう様な,膨大な人数です。

しかも,ひとたび市中で使用され始めたら,投与後の細かい経過はモニタリングされませんし,アウトカムも検証されません。結局,有効性も,害も,全ては闇の中となってしまいます。

その薬を飲んでアウトカムがよかった人は「薬のおかげだ!」となるでしょう。しかしアウトカムが悪かった人が「ただ運が悪かったのか…?それとも実は,この薬がよくなかったのか…?」と言っても,その検証は困難です。

数年後に「死亡」などのハードな疫学データを慎重に(補正しつつ)検討したら「全然よくなかった」「むしろ悪かったかもしれない」というような悲劇をもたらす可能性も否定できません。

「よくない」程度なら大量の公費を無駄にした,というだけで済みますが,「悪かった」となると大量の公費で多くの患者をむしろさらに苦しめた,という地獄の結果発表になってしまいます。

この問題はイベルメクチンに限らず,あらゆる新薬の〈早期承認〉について回る問題です(▼)。

|承認後にプラセボ比較試験は難しい
さらに問題なのは,ひとたび薬剤が承認されてしまえば,もはやプラセボ比較試験は実施できなくなる,ということです。イベルメクチンを飲みたい人は,いまさらプラセボを飲まされるかもしれない治験に参加するメリットがありません。当然,参加者を十分募ることは難しくなります。ということは,益も害も「プラセボと比較して良かったのか,悪かったのか」検証されることはその先もずっとない,ということです。risk/benefit が不透明なまま投与し続けられることになってしまいます。
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COVID-19 関連で注目度が高くなっており,また混乱のタネになっている様にも思われる医薬品の〈迅速承認〉あるいは〈緊急承認〉制度についてまとめてみます。その上で,記事後半ではこうした制度が抱える問題点についても述べたいと思います。[…]

本来の創薬ステップ

こうしたリスクを最小限にとどめるため,本来「創薬」は以下のステップを踏みます。

通常の創薬ステップ

  1. まずは小規模な RCT で感触を確かめる(〜第 II 相)。
  2. 検証的なRCT(通例* 1000人規模以上)を行う(第 III 相)
  3. 効果の期待値が害のリスクを上回ると考えられたら〈承認〉
    • この時点では長期的安全性や稀かつ重篤な害の発症頻度は不明
  4. 上記を確かめるため市販後調査を継続する(第 IV 相)
*通例というのは,疾患やアウトカムによって大きく変わります。劇的な効果のある薬剤であれば,もっと少ないサンプルサイズでも有意差として検出可能です。なお,サンプルサイズの見積もりは事前に power analysis で行います。

仮説検証の積み重ね

上記のような手続きは非常に複雑で,時間がかかります。基本的には 5 年,10 年というスパン(*)で慎重に行われるものです。

「薬効がある」という仮説の〈検証〉は,それほどまでに大掛かりなことです。

(*)イベルメクチンのようにすでに別の効能で承認されている薬剤は,第 I 相試験などはパスできるため,もう少し短く検証可能です。また,感染症はアウトカム評価のタイミングが早いので,さらに早い検証が可能です。たとえば最も承認が早かったレムデシビルは,2020年3月8日から第 III 相試験(NCT04401579)を開始し,7月には治験終了,10月には FDA の承認を得ています。

しかし医学が一昔前の「祈祷」や「奇跡」から離れ「科学」でありつづけるためには,地道で気が遠くなる様な作業に見えても,こうした〈検証〉を積み上げていくしかありません。

その間に「救えた命があったかもしれない」のに!と言うことは簡単です。

とはいえ,本当に「投与しておけばよかったのか」はわかりません。むしろ害をきたしていた可能性も,同様に否定できないハズです。

まずは仮説検証から

以上から,公衆衛生的な論理として,やはり

まず〈検証的な試験〉で効果が示されるべき

と考えられています。

それが多くのプロ集団の主張であり,多くの医師はその考えを支持しています。

そうしたステップを飛ばしていきなり膨大な人数を使用対象とするということは,相当な危険を伴う行為です。

心筋梗塞後の抗不整脈や,外傷性脳挫傷後のステロイド投与などが,かえって患者さんの命を奪う結果になっていた──その轍を踏むだけになってしまう可能性があります。

急ぐべきは承認ではなく〈検証〉

こうした問題を踏まえると,やはり本邦政府がまず主導すべきは「臨床的意義不透明な薬剤を緊急使用、、、、できるようにする法整備」ではないように感じられます。

重要なのは,検証的データをいかに迅速・適切に得るかです。

イベルメクチンが疥癬に対して「良い薬」であるのは間違いがなく,安価というのも事実です。しかし COVID-19 に対する有効性も,害も,ヒトを対象にした研究では十分検証、、されていません。

また,検証的試験を行うにしても,特許切れのため製薬会社が大規模治験をやるモチベーションを抱きにくい,という構造的問題があります。

こうした部分にこそ,公的機関・制度をうまく適応させる仕組みが必要です。

検証のために必要なこと

結局本邦に今必要なことは,製薬会社資本に頼らずとも良質な医師主導治験を迅速に実施できるようなシステム作りではないでしょうか。

それは単に制度上のもの,という意味ではありません。チーム編成や資金援助・統計処理まで含めたバックアップ体制の拡充が必要だと感じます。

どうしても第 III 相試験はコストの問題から,製薬会社資本のものが増えてしまいます。そして,そうした試験はどうしても新薬を上市できるかどうか?という点で「プラセボとの勝ち負け」という様相を帯びてしまいます。

しかし本来,検証的試験の目的は「プラセボに勝つこと」ではありません。知見を積み重ねることです。バイアスの少ないデータを集め,掴みづらい「事実」の一端を,きちんと確認することです。

そうした質の高いデータは,世界中で必要とされています。つまり結果がどうであれその「検証」それ自体に価値があるものです。公的意義が高い RCT に関しては,本来,もっと幅広く施行される土壌があってほしいものです。

実際,もし日本発で良質な検証的試験が素早く行えたなら,結論としてイベルメクチンが効きそうだろうが効かなそうだろうが,世界中が「検証してくれてありがとう」と何度でも引用してくれることでしょう。

※ 現状,数少ない検証的 RCT はアルゼンチンやコロンビアのもので,医療環境も欧米日と異なるため,結果の一般化可能性に疑問符が投げかけられています。

市民の理解が必須

また,医学はヒトを対象としているのですから,データを集めるには当然,市民(治験参加者)の協力や理解が欠かせません。創薬プロセスや RCT,それらに基づく医薬品データに対する,全国民のリテラシー向上が必要です。

しかし日本ではこうした創薬プロセス・検証的試験の重要性がまだまだ認知されていません。国民性もあってか治験への参加は少ないというのが現状です。

一方で,わけもわからず自費購入した海外の薬剤を飲んでしまう人は少なくない,というのはなんとも悲しい話です。

医学会に対する不信感など根が深い問題があるのかもしれませんが……そうした行動をとらせてしまう前に,治験参加を一度検討してもらえるような,しっかりとした情報共有が必要だと感じます。

質が確かかもわからない薬剤を自主購入・内服して有害事象に見舞われても,誰もその責任は取ってくれません。

コロナを取り巻く大混乱の中,一人でも多くの方が医薬品リテラシーを高め,適切な情報にアクセスできるようになることを祈っています。

この記事がその一助となれば幸いです。

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|米国の EUAは?
なお米国には EUA(緊急使用許可)というシステムがあります。その名の通り,とりあえず使うことを許可する,という端的な許可です。しかし EUA では一旦許可されたものでも,RCTの結果などが密に監視されています。そして検証結果が芳しくなければ,すぐに許可を取り消すという制度がある程度機能しています。実際,米国 FDA は COVID-19 に対してクロロキンの EUA を出したことがありますが,その後の臨床的データ蓄積を受けてすぐに取り消されています(わずか数ヶ月程度)。こうしたフットワークを再現できるのであれば,本邦でも緊急使用許可のようなシステムを導入してもよいかもしれません。しかし,こうした試行錯誤は高い医薬品リテラシーをもつ専門職種の人的資源が豊富な米国 FDA だから成り立つ制度であって,本邦の限られた人材でそのようなシステムの確立はハードルが高いかもしれません(私見です)。そもそも「試行錯誤」ということ自体,日本の公的機関は非常に苦手で,失敗を認めたがらない体質が強いように感じます。残念ながら,現在の公的機関の性質上,ひとたび〈使用許可〉したものをフットワーク軽く「やっぱり禁止」とできる様には感じられません。その点でも EUA の制度は日本にはあまり合わないように感じられます。

まとめ

この記事のまとめ

  • どんな薬でも,効果と害のバランスを見極めるため,検証的 RCT が必須
  • イベルメクチンでは検証的 RCT が十分に行われていない
  • 検証的 RCT をしたら「かえって害」と判明した経験的治療は少なくない
  • 同じ轍を踏まないため〈緊急承認〉ではなく〈迅速な検証〉を行える仕組みづくりが求められる

「イベルメクチンは効くのか?効かないのか?」……厳密には,結論は分かりません。

多少は効くのかもしれませんし,全然効かないかもしれません。効いたとしても,実は有害事象の方が多いかもしれません。トータルで見たら損なのかもしれません。あるいは,特定の患者層に絞れば利益が害を上回るかもしれません。しかしその利益も大きいものではないかもしれません。

この辺りの risk/benefit バランスは本当に不透明です。だからこそ,プロ集団は「質の高い検証的、、、 RCT が必要」と結論しています。

個人の信条や信仰でイベルメクチンに対する期待を論じたり,メカニズム・仮説ベースの言説をおこなうことは自由です。しかし公費を投じる以上は「事実ベース」の合理性が求められます。

問題はその事実確認のための〈検証的試験〉を,いかに迅速に,製薬会社資本に頼らず,現場ベースで施行できるようにするか。ここに日本の課題があると感じます。

医薬品リテラシーの教材として,イベルメクチンをめぐる動向は引き続き注視していきたいと思っています。

[おすすめ本紹介]

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